第2章 伝え奏でる (モーツァルト)
最近二人の時間をあまりとれていなかったのは事実だった。だが、セバスの気の回し方はどうも乗せられているようで、素直に受け取れない自分がいた。
「街にお出掛けもいいかなって思ったけど……雨降りそうだって聞いたから、やめた方がいいね」
苦笑する彼女の言葉に、ますますセバスの考え通りに進んでいるのを実感したが、利用しない手はないと今回は有り難く受けとることにする。
「いつも動きっぱなしなんだから、少しはゆっくりしたら?」
彼女の手の甲へとキスを落とすとはにかんだ顔になる。
「そうだね、モーツァルトの演奏いつもよりたくさん聴けるだろうし」
今度は玲が俺の手を引き寄せ、さっきまで鍵盤を滑っていた指に、彼女の温かい唇が触れた。
「"モーツァルト"が私のために弾いてくれるなんて、すごく嬉しい」
「……っ」
思わぬ行動に言葉が喉につっかえて、その代わりに玲を腕の中へ閉じ込めた。
今度は彼女が息を飲んだのがわかった。
「演奏なんて、いつでも聴かせてあげられる。……そうじゃなくて。明日の朝、寝坊しても構わないってことだよね?」
「えっ…………」
「今夜は俺の部屋に来るの?来ないの?」
顔を覗き込めば、今日一番の真っ赤な顔だった。こういうとき玲の目が潤むのは反則だと思ったが、俺もきっと意地悪な顔をしているはずだ。
「玲、返事は?」
「……うん、いく」
「それに、"あのモーツァルト"じゃなくてキミの前にいるのは──」
「ヴォルフ」
遮られ名前を呼ばれて、その唇を塞いだ。
自分の存在を確かめるように口づけに溺れる。
やがて喉の乾きに襲われ、本能で玲を求めるのに、自室がどうしようもなく遠く感じた。
2018.03.10