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ただのパンダのお引っ越し

第10章 スーツ男



ピンポン、と玄関チャイムが鳴った時は、イヤな予感しかしなかった。
私の家を訪れる人なんて、新聞だの宗教だのの勧誘でしかないからだ。

それでも一応のぞき窓越しに確認すると、きっちりとスーツを着込んだ男性が立っていた。

やっぱり勧誘かな?
そう思って居留守を使おうとしたところ、私がドア側にいる気配を察知したのか何なのか、スーツ男性はのぞき窓を見据えて口を開いてきた。

「こんにちは桃浜さん、お宅のパンダのことでお話があって参りました」


今なんてった?

パン…えっ…?
なんでぇ…?

ドアにチェーンをかけたまま、私は扉を開いた。

「どちらさまですか」
「初めまして。お宅にいらっしゃるパンダのことなのですが」
「なんのことでしょう。家をお間違えじゃないですか」

シラを切り通そうとした。パンダを飼っているなんてバレる訳にはいかない。逮捕されてニュースになってしまう。
けれどスーツ男性は、何もかもお見通しといった面持ちで話を続けた。

「秘密にされたいのはわかりますが、こちらとしても引く訳には参りません」

そう言って右手をスッと差し出した。
何?握手なんてしませんけど?
そう思っていたららその右手はゴキゴキと音を立てていびつに歪みはじめた。

肌の下で骨が蠢き、甲から指から黒い毛が伸び、手の平は膨らんだかと思うと黒く変色し肉球に…

「おわかり頂けましたか、桃浜さん。中に入れて頂けますか。大切なお話がありますので」

パンダそのものの右手を私の前に突き出しながら、スーツ男性は静かに、しかし威圧的にそう言ったのだった。
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