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ただのパンダのお引っ越し

第10章 スーツ男



ダイニングのテーブルで、私は人間姿の伊豆くんと横並びで座った。私たちの向かいにはスーツ男さんが座った。

「ずい分以前のことになりますが、この付近でパンダを見かけたとの情報がありまして。恐らく私ども一族の者であろうと思い、調査させて頂きました」

伊豆くんがベランダに出ていた日のことを思い出した。やっぱりあの時、誰かに見られていたんだ。

「パンダ男…あ、いえ、伊豆くんみたいな人の、一族…? って、そんなに沢山いらっしゃるんですか…?」
「ヘイバイレンとお呼びください」
「は…?」

「黒と白の人と書いて『黒白人(ヘイバイレン)』です。私ども一族はその名を名乗っています」
「はあ…」

「基本的に黒白人は中国の五川省に住んでいます。我々独自の戸籍管理システムもありますので、黒白人が全体で何人いるか、誰がどこに居住しているかも把握しています。そうですね、ザッと1200名ほどいます」

中国の方だからだろうか、スーツ男さんの日本語は流暢ではあるけれど、聞き慣れない訛りのようなものがあった。

「20年ほど前、日本旅行中の黒白人の夫妻が幼い子どもとはぐれたという届け出がありましてね。伊豆さん…とおっしゃいましたか、あなたはその時のお子様ではないかと我々は目星をつけています。たまにこのように、五川省の外で一族が見つかることがありまして、そういった時に対応をするのが私の仕事のひとつです。大使館のようなものと考えてください」

そこまで言ってスーツ男さんは居住まいを正すと、キッと伊豆くんの方を見つめた。


「伊豆さん、あなた、五川省に帰りませんか」


ガロンガロン、と重い音が、スーツ男さんの言葉を打ち消すように私の耳に響いた。
表を通るトラックの音だ。このアパートときたら本当に音が通るんだから。
キャッキャとはしゃぐ子どもの声も聞こえる。
そういえば今何時だっけ。
今日の晩ごはんはなんだろう、ねえ、伊豆くん…
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