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ただのパンダのお引っ越し

第9章 動物園でご対面



初めて伊豆くんが家に来たときのことを思い出した。彼も生きるか死ぬかの生活で、よくよく苦労してきたことだろう。
それでも「ただちょっと、お引っ越しするだけだ」と、「よくあることだ」と、そう笑い飛ばして新しい生活に向かう彼は、たくましいと思った。キラキラ輝いてると思った。彼の前向きさが眩しかった。
そうだ、私はあの時、彼のことが羨ましかったのだ。

「私はさあ、人間で…伊豆くんは、パンダ男じゃん…?結婚はできないし、子どもも、できるかわかんない、けど…」

涙が溢れてきた。伊豆くんは子どもが欲しいという。人間とパンダ男との間に子どもはできるのか?できたとして、育てられるのか?伊豆くんには戸籍がない。伊豆くんを証明できるものは何もない。
他の人が普通にできることを、伊豆くんは何もできないのだ。ああもう、法律って、どうしてあるんだろう。

伊豆くんは私の家なんかに居るべきじゃないのかもしれない。私は自分の人生さえどうにもできないのだから、伊豆くんをどうこうしてあげられる訳もない。
伊豆くんはどこか別の場所で、同じ種族の人を見つけた方が幸せになれるかもしれない。

でも、でも

「私は…伊豆くんと、家族になりたいなあ…」


もぞもぞと音がした。ベッド脇にいた伊豆くんが、私の布団の中に潜り込んできたのだ。
温かい毛皮が私にひたりと寄り添う。
伊豆くんはウルルルと声を上げると、爪の短く磨かれた手で、私の頭を優しく撫でた。

「ありが、と…伊豆くん…」

涙に鼻を詰まらせながら、私はギュッと彼に抱きついた。
外は風が強いようで窓がガタピシと揺れてうるさい。
でも私には、あたたかい夜だった。

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