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ただのパンダのお引っ越し

第8章 飼主失格


最悪にゴミゴミした通勤ラッシュの電車の中で、私は真っ青な顔でカバンを漁っていた。
すし詰めの車内。私の腕やカバンが周囲の人に当たって睨まれる。
申し訳ないけれど、今この時だけは許してほしい。私もそれどころではないのだ。

「ない…家に、忘れた…」

今日、会社に持って行くはずの会議資料。どうしても必要な会議資料。ダイニングテーブルの上に忘れてきたのだ。

目の前が真っ暗になった。
次の駅で降りて、Uターンの電車に乗って。それはいいけど、私のアパートは駅から決して近くない。内装のよさと家賃の安さを両立させるために、立地を諦めたからだ。駅からアパートまで徒歩21分。確実に遅刻する。
タクシーを使おうか。出費が悲しいけど、この際仕方ないかもしれない。

激しく打ちひしがれた状態で、私は電車を途中下車し、家へと戻る電車に乗った。

テレパシーが使えたらいいのになあ、と思った。
そうしたら伊豆くんに、駅まで書類を持ってきてもらえる。

うちには固定電話がないから、出先から伊豆くんに連絡を取る手段がないのだ。伊豆くんにはケータイもない。あるわけない。彼には戸籍も人権も職もない。私の名義で買ってあげようにも、お金もない。


駅に到着して、ため息をつきながらも早足で改札へ向かうと、改札脇で何やら誰かが揉めているようだった。
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