第4章 そばにいる、そばにいて。
穏やかな表情のまま、心底楽しそうに銀盤で踊るヴィクトルに、勇利は、まるで子供の頃彼を初めて目にした時のように釘付けになっていた。
するとそんな勇利に気付いたのか、ヴィクトルは少しだけ悪戯っぽい目付きになると、彼に向かって右手を伸ばす。
(いつまでも、俺に見惚れてばかりじゃダメだろ?勇利)
「…?」
(お前が目指すのは…ココ!頂点!)
その右手を天に向かって真っすぐ突き上げると、ヴィクトルは最後のジャンプの体勢に入った。
(俺を倒してハイおしまい、じゃないよ。これからも勇利には新たな戦いが待ってる。今度はお前がその座を脅かされる番だ。でも、勇利なら大丈夫。なんたって、俺という世界最強の『コーチ』がいるんだからね)
「ヴィクトル…」
(良く見てて。上体やスピード、左足のエッジワーク…俺が『選手』として跳ぶのは本当にこれが最後。かつての俺もそうだったように、これからはお前が引き継ぐんだ)
瞬間、ヴィクトルは美しく宙を舞い、初めて世界タイトルを手に入れた時に成功して以降、代名詞と呼ばれた4Fを着氷させた。
会場から沸き起こる大歓声の中、勇利の頬に一筋の涙が音もなく伝う。
(この先スケートで勇利が欲しいものなら、俺が何だって叶えてやる。それ以外でも、お前が望むなら…だから、安心して。俺は、これからも勇利の傍にいるよ)
リハーサルで純に指摘された通り、敢えて直線ではなく円状にステップを刻みながら愛しい人の元へと近付く演技をするヴィクトルは、やがて曲の終了と同時に、背後からその愛しい人を抱き締めるような姿勢で、ゆっくりと目を閉じた。
未だヴィクトルへの拍手や歓声が鳴りやまぬ中、勇利は足を急がせると、リンクサイドで事の成り行きを見守るように立っていた純に近付いた。
「勇利?」
壁ドンの勢いで純に詰め寄る勇利に、傍にいたクリスが慌てて止めに入ったが、純は小さく首を振る。
「ヴィクトルの事なら、勇利は何でもお見通しやろな」
「それだけじゃない。あの最後のステップ…純でしょ?」
くぐもった声で問う勇利に、純は「堪忍」と謝罪の言葉を呟く。
「…いつから?」
「去年のGPFの後。デコに頭下げられてまで沈黙通す約束したから、勇利にも話す事ができひんかった」