第3章 砂漠の月151~172【完】
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今年のバレンタイン当日は平日で、月子は学校だったので帰宅後に晴久の所へ行こうと思っていた。
授業を一通り受けて、荷物を片付けるとクラスメイトへの挨拶もそこそこに教室を早足に出て行く。
後ろ姿を見送るクラスメイトは月子と晴久の仲を知っているので、ニヤニヤと笑いながら見送っていた。
そうして正門前、晴久に自宅に居るかを尋ねようと携帯を取り出した月子は、突然現れた人影に驚いて足を止めそこなってぶつかってしまった。
「キャッ?! ご、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫か?」
「え……? 晴久さんっ?! あ、あれ? 私、約束してましたか?」
「してないから落ち着け。俺が驚かせたくて黙って迎えに来たんだよ」
反射的に謝った月子は返事を返した声に一瞬固まって、がばっと顔を上げると目を見開く。転びそうだった月子と手から零れ落ちた携帯を難なくキャッチしていたのは晴久だったからだ。
約束を忘れていたかと焦る月子にクスクス笑いながら、携帯を返し宥めるように頭を撫でる晴久は悪戯が成功した子供の顔をしていた。
月子の方は晴久の言葉を理解するとホッとしたように息を吐き、それからこみあげてくる嬉しさをそのままにふんわりとした笑みを浮かべてありがとうと告げた。
手を差し出され、受け取った携帯を鞄に仕舞った月子がそこに手を乗せるときゅっと握られる。
「今日、うち泊まってけよ」
「え……っと、うん。あのね、チョコ、持ってきてるから後で渡しても良い?」
「もちろん。飯作るの手伝う」
「うん。材料は?」
普段尼子家の冷蔵庫の中身を把握しているのは晴久なので、月子に聞かれてある物を挙げながら商店街に向かう。
足りない物を買って家に帰ったら一緒に料理をして、親父と祖父さんが混じっているのがなぁ……とぼやく晴久に苦笑するのはいつも月子である。
諸々終わって晴久の部屋で寛ぎつつ月子が手製のチョコを差し出すと、それを受け取った晴久が何やらベッドの引き出しをごそごそと漁って取り出した。
「晴久さん?」
「海外だと男から女へ、花束とか無記名のカードとか贈るんだろ?」
「そう、だけど」
「今年は俺も買ってみた。まぁ、花束とかじゃないけどな。ちょっと目、瞑ってくれ」
「う、うん」