第3章 覇道の一里塚 上篇
―出羽 雄物川―
砲声が辺りを包んでいる。昼過ぎから鳴り始め、既に日が傾き出している中なおも対岸より撃って来る。
大曲駅周辺にまで突如攻め寄せて来た奥州軍、強いて言えば、「向かい鶴」と「割菱」の紋を染め抜いた幟を棚引かせている南部の軍勢を率いている南部晴信は一帯を蹂躙して瞬く間に平らげ、付近に陣地を構築した。天変地異の折に南部家に逗留し、南部の工兵達を教練していた幕府軍幹部 小菅智尚 工兵頭の指揮の下、早々に陣地を構えた。現在、南部方の砲撃の指揮を採っているのは福士源太信仲 陸軍砲兵士大将、そして最前線の幕府中央軍幹部である大島香織 砲兵差図役校尉である。
出羽を守る清水家の農兵と東京政府の演習部隊も集められるだけの火砲を持ち寄せて反撃に出ているが、警告もなしに空軍による対地攻撃を仕掛けて来た奥州側の奇襲効果―完全な国際法違反であるのだが―と物量・練度・火砲の質に勝る奥州軍によって既に幾つかの砲台と陣地は敵の姿を目指する前に消し飛んでいる。
火砲のみならず、対地攻撃機による襲撃も続いていた。航空戦力は急襲の報を聞きスクランブルを掛けて大曲まで迫ったが、一手先に動いていた南部軍5番戦闘機組の待ち伏せに遭ってしまった。出羽方は善戦し、迂闊な行動を取った新任搭乗兵の操縦する機体を撃墜して魅せたが、却って士気に火が付いた南部方の攻勢と技術力の差が響き、全滅の憂き目に遭った。現在、出羽方の航空戦力は酒田方面に集中しており、新潟港に停泊中の幕府海軍航空々母「美濃形〈カトウ トモサブロウ〉」率いる艦隊と睨み合っており動かせなかった。陸軍も同様である。充分に装備一式を揃えた東京政府派遣部隊と出羽の最精鋭部隊は最上町を目標に様子を伺いながら北進する幕府軍羽州探題軍 酒井了護(さかい のりもり)陸軍歩兵士大将率いる1万余の兵に備えねばならず、大曲戦域へは人を寄越せない状態だった。
結果、大曲の戦場は南部軍のやりたい放題となっていた。仮に、大曲の守備兵が士気と規律の高い出羽の熟練兵でなければ、既に南部軍に雄物川を越えられ対岸は屠殺場と化していたに相違なかった。