第3章 覇道の一里塚 上篇
さり気ない差別発言に眉を顰めつつ、綾香は取り敢えず、話を続けた。
「そんな入道様のご推薦の品は?」
「クリムトの『接吻』」
「馬鹿じゃないの!しかも、オーストリアから持ち出せもしなかったじゃない!どう見たって、マティス?のがいいじゃないの。高い金出して買ったんでしょ?目玉に出来なきゃ燃やしちゃうわよ」
「絵画を燃やす!?このナチ!」
「私からすれば、アップロードされた画像のコピー刷りで済む様な物何かにウン億も注ぎ込む方がどうかしてるわよ。徳川もヤキが回ったわね」
「ジャコバンにでもなったのか、貴様」
「違うわよ。只、この財政的余裕がない時に、わざわざブルジョワと結んでまであんな物作る価値があるのかって事よ。しかも、このご時勢にまだ建ててんでしょ?今度はブルジョワじゃなくて、畿内の豊臣?…っていう『日本人』と組んでだけど」
綾香には美術館の存在理由もその政治的意味も問おうとする思考回路がない。西蓮寺は内心苦笑しつつ、また椅子が振り上げられないようにそれを隠していた。
「日本人はお嫌いかね、敷島の領袖一門の方は?」
「…嫌いも何も。敵じゃないなら、誰だっていい」
「何がいいんだい?」
不明瞭な言葉を口にすると、この男はすぐに噛み付いて来る。面倒臭い、実に。綾香はこの男と関わると大抵そう思う。
「嫌いになんかならない、って言ってるの」
言葉を聞いてすぐに、西蓮寺はニヤつき出した。
「おや、随分と博愛主義な事で。流石は、〈尊厳ある者〉の娘だ」
冷やかすような口振りにムッとした顔付きの綾香は、顔を背けて吐き捨てた。
「別に。いちいち他人と自分を区分けして、蔑む方がどうかしてるわよ」
「〈愛人〉の九戸余一なら、きっとそうは言わないんでしょうな」
「あっ、愛人!?」
ムッとした顔が一転、先程より紅潮させられた綾香は思わずたじろいだ。
「おやおや、実に初々しい限りだね。…まあ、冗談だよ。安心したまえ。誰もそんな風に思っちゃいないさ」
「くっ、くそぅ…」