第3章 覇道の一里塚 上篇
「どういうつもりですか、偽僧正?」
一行を宿営に招き入れた慧静から悟られぬように招かれた綾香は僧正の部屋に入り、二人きりになると突然こう切り出した。
僧正の部屋、と言うが、棚や寝具といった調度品の数々は高僧が用いるそれらへの印象とはかけ離れ、極めて西洋的なアンティークで占められていた。只、元々は和室であった名残か戸は皆 襖(ふすま)である。
綾香からの切り出しに対し、僧正は目を細めた。
「おや、言われようだね」
ククッと喉を鳴らし、僧正の部屋におよそ相応しからぬ家具である椅子に慧静は腰掛け、椅子の背にもたれかかった。
綾香は閉められた襖戸の前で、両手を腰に当てて怒ったような顔をしている。
「まだ、還俗はしていないのでね。こう見えても僧侶だよ?…もっとも、今の格好は正しく僧侶だが…!」
綾香の右手が当てられていた腰から放され、紙状の固形物が僧正目掛けて下手で投げ付けられた。僧正はそれを顔の所まで反射的に挙げられた左手の中指と人差し指でしっかりと挟んだ。封筒であったが、これには見覚えがある。
「そういう芸当は正体を悟られるよ、従士殿?」
ククッと再び声を漏らし、指で挟んだ封筒で口元を隠した。丁度、貴族が扇でするような、幾分人を喰った仕草だ。
対する綾香は憮然とした顔で、入道を見据えている。
「もう、悟られたわよ。ってか、バレた。余一の馬鹿、勝手に口走って」
「あれは錯乱の徒。人様の計画なんて壊す事しか知らないのよ」
僧正は封筒を掴み直し、再び扇のように用いて、もう一つの椅子を指し示し、綾香へ腰掛けるように促した。
綾香は、僅かに会釈だけして、二三歩進んで椅子へ近付き、一瞥だけして、腰掛けようとした。入道は微笑んだ。
「安心してお座りなさい、御嬢様。…腰掛けた途端破瓜したりはしないから」
「っ!…や、やかましいわ!」
この手の話題が大の苦手な綾香は突然真っ赤な顔をして、腰掛けた椅子から飛ぶように立ち上がった。
尻を押さえて立ち上がった綾香を見て、僧正はニヤついた。
「安心しなさいって申したのに。それとも、お兄様を思い出しましたかな?」
「このっ!…あの子達と僧兵共の前でその格好、引っペがしてあげましょうか!?」
紅潮する綾香を目にして、入道はわざとらしく問いかけ、案の定綾香は頭に血を登らせた。