第3章 覇道の一里塚 上篇
少なくとも、フィルターが掛かっているとは言え、神輿担いで請願をするのが当たり前となっている七宝院の悪僧達がこうまでウンザリするのだから、きっと輪を掛けて面倒なのだろう。その七宝院の面倒な連中が営む学校に通う瀬田椿は話を聞きながら、些か他人事のように考えていたが、しかし、面倒な連中、と思い返すと、嘗ての不忍池の赤々とした水面を思い出す。彼処で出会った光景の全てはまさに悪夢そのものであり、それが現実である事の始末の悪さ、後味の悪さはこれまで早々出会せるものではなかった。
椿は取り敢えず、僅かに左右へ頭を振って意識したものを掻き消して、正面へ向き直った。
途端、鼻柱が前方に立ち止まった綾香の背に押し付けられた。否、ぶつかった。
「ああ、すいません」
「うん?ああ、良いよ。大丈夫?」
反射的に一歩下がり、鼻を押さえながら、同時進行で頭を垂れた椿に綾香は僅かに意識を払うが、気遣う言葉とは裏腹に、綾香はそれ以上の関心を寄せなかった。
前の女が止まったのは、眼前を見据える為である。椿は頭を上げ、自らの背丈を優に超す、大きな門へたどり着いたのを確認した。
甲府・七宝院学園。一行の通う渋谷七宝院の本校である。鬱蒼とした並木の通りを歩き抜け、一行は系列の兄弟校の門戸の前に立っていたのだ。
門は既に開かれており、その先には本校の建物がある。
「さあ着きましたぞ、方々」
僧兵は促すように門の内へと手の先を向け、一行の歩みを促した。
「それでは…点呼は、いらないな。…さ、行くぞ」
樹下教諭が促し、一行は歩を進め、門戸を潜った。
目的地に着くと点呼をしなければならないと思うのは、まず職業病だ。そして、私服を着ながらも部活動の一環でやって来ている部員達も、目的地に着くと一旦止まって、「何か」の指示を待ってしまう。慣れ親しんだ課外授業の行動様式は、こういう所でも無意識に顕在化する。集団を統率しているという前提の下、平等な教育を万民に受けさせる事が、近代以降の教育思想の根幹にはあるが、しかし、こういう統制は正直、病気染みた考えではないか?椿は漠然と、そう思索した。