第3章 覇道の一里塚 上篇
亜紀は何か気付いたように、引率へ声をかける。
「取り敢えず、ご挨拶と宿舎の案内を受けて」
「その後は?」
〈定例行事〉の先について、亜紀は間髪入れずに問うた。思ってもいない答えを期待した目をしている傍らの女学生に、樹下は少し苦笑した。
「うむ、今日は夜一発目の観望を考えているから、別段…そうだな、皆の希望があれば周囲の野外活動とでも洒落込もうか?まあ、来たばかりで余りそう遠くへ、とはいかないが構わないかね、部長?」
「はい!有難う御座います、樹下先生!」
樹下は正直、何も考えていなかった。合宿は比較的長いスパンで考えていた為、突然動き出す必要は考えていなかったのだが、「別段」のくだりで、途端にムッとした顔をした傍らの地学部部長殿の行動力を考えた時、せめてガス抜き程度に付き合ってやるには良いと考えていた。歩いている内に何をさせるかについても考えが及ぶだろう。そう思っていた。
「ワンダーフォーゲルですかな?」
両名の会話を聞いていた僧兵は「野外活動」と聞いて思い付いた事を口に出した。
「いえ、それ程大それたものではありませんが」
「しかし、そのような御予定もあるのでしょう?」
「ええ、まあ」
樹下は適当に話を合わせている。この場合の「野外活動」と言えば、時間も時間だ、そう大した物にはならない。しかし、この僧兵は言葉の意味を分かっているようだ。確かに、そういう案もあったが、しかし、具体的な事は考えてはいなかった。
「でしたら、我らの手の者を配しておきましょう。願わくば、後で計画をお聞かせ下さればと」
「…何か、出るのですか?やはり、この辺りにも」
「はい、残念ながら」
綾香はそれとなく、僧兵の言葉に耳を傾けた。
「つい先日、本山の辺りで小競り合いがありましてね。七宝院は『敷島人』も分け隔てなく迎えておりますが、彼らの内には全てを己の物と言い張る者共もいるようでして」
「その連中は、先日、北武で星川とぶつかった〈坂東武者〉の類ですか?」
ピクっ、と亜紀の身体が僅かに反応した。言葉を発した樹下は気付いていない様子だったが、亜紀の背後に居る綾香と椿はそれを見逃さなかった。
「はい、近しい者ですよ。割菱の幟を掲げて大泉の辺りまで出張って来ましたよ。僅かな兵でしたが、気性の荒い、腕っ節ばかりの連中でした」