第3章 覇道の一里塚 上篇
一瞬、目を開いた樹下だが、感想は溜息で示した。
「そういうのを獣欲だとか人でなしと聞く事はあるが、まさか『人間をやめる』と聞かされるとは思わなかったよ、カーネル」
検問所はもう目の前だ。警備員達が時勢を反映してなのか、サブマシンガンを肩に掛けてこちらを見据えている。
カーネルねぇ、と呟いて晴政はブレーキを掛け、停車を確認してからハンドルに左手を掛けたまま右手側の窓を開けた。窓側には検問所の職員が近寄って来ていた。
「渋谷七宝院学園の者です。私は雇われの引率者ですが」
「代表の方は?」
「学園教諭、樹下進」
手に持っていた書類に目を落とした職員は次に顔を上げるとやや柔和な顔付きになっていた。
「同乗者は?」
「運転手の九戸晴政、世話役の中浦綾香、渋谷七宝院学園地学部部長 星河亜紀、部員の高瀬川湊、瀬田椿の計5名。連絡はしてある筈だ」
聞きながら名簿をチェックして行った職員は、バスの後方へ回った警備員から車体ナンバーの確認を、バスを窓から覗いた警備員が名簿に貼り付けてある顔写真と本人の照合を行った確認の合図を受けた。
樹下は軍人である事を言わなかった九戸が何の目的でここに来たかをもう理解していた。
「確認した。名簿通りだ。ご協力に感謝する。ようこそ、仏法の地 七宝院へ」
職員は笑顔を浮かべ、運転手の晴政を見上げていた。
「ありがとう、世話になります」
晴政はそう言うと窓から乗り出していた体を引っ込め、窓を占めてから再びアクセルをゆっくりと踏んだ。
敬礼する警備員に簡単に会釈だけした晴政と樹下は、職員達の姿が前方から見えなくなると「元に」戻った。
「立っていても、何も言われなかった」
晴政が茶化すように言うと、樹下も吐き捨てた。
「いつから立っていたかなんて知らないからな」