第3章 覇道の一里塚 上篇
「君達は何者かね。なぜ、こんな所で働いている?」
晴政は敢えて樹下の顔を見なかった。
「正直に言うとね、私は軍人ですよ」
「軍人…」
存外、あっさりと話が聞けてしまって、樹下は些か拍子抜けする。隠す気はなかったようである。
「敷島共和国幕府軍奥州探題軍所属の陸奥総督軍騎兵頭。今こうしている目的はまあ、バイトだ。『あの日』を迎えた時には東京に出張でね。星川とか言う軍閥さんと、坂東の惣一揆が殺し合いだして帰るに帰れんようになったんです。路銀も無いしね。それで面倒な職歴隠してバイト探していたら、ね」
「ここのバスの運転手か。出来過ぎた話だ」
樹下は冷ややかな目で晴政を見た。晴政は視線を気にする素振りを見せなかった。
「好奇心は猫を殺すってね。お互いさ、面倒は省きましょう、先生」
「‥‥‥‥‥」
一瞬、寒気が背を通って、樹下は身体が強張るのを感じた。
「一つ、質問良いかな」
「ええ、どうぞ」
晴政は相変わらずの、軽い口振りだ。
「君は軍人だと言う事は…彼女は?」
樹下の視線が僅かに後方へ向けられる。今なお、吐きそうな少女の背を摩っている娘は先程から色々な視線を受けているわけだが、果たして気付いているのだろうか?
「アイツは違いますよ。悪知恵が働く癖して嘘の付けない、泣き虫です」
「…ウチの子達と年格好は似ているが、そこから君との接点が浮かばないな」
「アイツは只の学生ですがね。まあ、腐れ縁です」
腐れ縁か、樹下はボソっと呟いた。
「只人には見えんがね」
「そうでしょう。私をフライパンでメッタ打ちにして気絶させた丹波辺りの山猿です。ガッコでは『赤鬼』とか言われていたらしいですがね」
「何か武道の嗜みでもあるのか。…丹波の、赤鬼?…ああ、赤井直正か」
「御名答。やっぱり、丹波には鬼が住んでいるようだ。知り合いが幾人か丹波にいるが、どいつもこいつもロクでも無い化物どもだ。ホントに嫌になる」
興味本位で調べたが、「敷島人」は地域を嘗ての六十六国で呼んでいるそうである。幕府と言い、諱と云い、どこまでも復古主義な未来人である。
「結体な名を付けられたものだ。同情するよ。しかし、それにしても可愛らしい赤鬼だな」