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RISORGIMENTO

第3章 覇道の一里塚 上篇


 大崎は鹿瀬の右ポケットの膨らみに視線をやった。左に対して、大きく膨らむ右は鹿瀬自慢の装甲具である鉄腕が収められているのである。鹿瀬はこの鉄腕で何人もの強化装甲付きの兵士を殴り殺し、どれだけ多くの人間の首を容易くへし折り、頭を砕いて来たであろうか。素より尋常ならざる握力で計測器を幼少の頃から壊して来たこの怪物は、アフリカでの戦いにおいて、世界で何より嫌う北ドイツ人、特にプロイセン人の首を素手でも鉄腕でも握り潰して来た。ましてこの鉄腕は「砂の城を壊す様に装甲を砕く」と言われ、事実そのような事をして来た。手を挙げれば済むものを嗚咽混じりに命乞いをして降伏を忘れたプロイセン人達はこの鉄腕に顔面を掴まれ、握られ、揉まれて、砕かれ、顔を崩された。

 大崎は正直言って「日本人」よりもこの鹿瀬と戦いたかった。無類の戦闘愛好者であるこの狂戦士には、近くの―魅力的な程に強い男である―味方の指揮官の方がよっぽど夢中になれる相手だった。

 詰まらなそうに張り紙を読む鹿瀬は新しく貼り直された列車ダイヤの表を眺めながら、自分の指示通りにダイヤを改めて組み直させようと考えていた。

 紀州においては、軍政は民政に優越する。民生用である幹線道路も鉄道さえも、総督府の番頭格の承諾がなければ一切の決定権など得られない。新ダイヤは総督府役方が認可した物だったが、鹿瀬はそれによって決まった内容が気に入らなかった。彼は総督府では穏健で知られていたが、世間一般では充分強硬派であり、真反対のリベラル派からは軍国主義者やら武断政治信奉者やらと散々に罵られていた。だが、罵るだけでは何も変わらないのを皆が知っているのが幕府とその構成細胞のあくどさである。

 暫しの時が過ぎて、新内甲斐守と武藤雲平が駅舎に入って来た。紀州の闘将として知られる新内と、鬼と呼ばれた武藤が少し強張った顔でやって来たのを見て、大崎は時が来たと感じた。

「下間の旗印が見えてきています。出陣は如何に?」

 猛り甲斐こと新内義斯が先鋒にして事実上の総大将である鹿瀬に問う。鹿瀬は視線すら動かさず、相も変わらずダイヤ表に目を遣り、脈が二つほど打ってから答えを出した。

「武藤雲平が第二陣、新内甲斐は第三陣、大崎玄蕃が第四陣。そして我が鉄狼が先手を務める。異存無かろう?」

 呼び捨てに、抑揚もない声で、鉄狼の頭は同輩達に問うた。
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