第3章 覇道の一里塚 上篇
繭子は変な呼び方をされるのが嫌いである。この呼び方をしたのが上官でもある世話役 高松隼人正鎮綱であるのも余計に面倒であるが、その「客将でしかない」はずのエリナーに言われるのもなんだか妙に気に食わない。
「私はね、彼らが嘘をついているとは思えない。確かに嘗ての『日本国』に『紀北町』はあったわよ?…彼らの言う『日本』と、私の知っている『日本』とでは大分国の形が異なるけれど」
「それはそうですが、しかし理解不能です」
「それはみんなそうでしょうよ。あれ以来私だって頭がこんがらがっているわよ」
でもね、とエリナーは続けた。
「では、だからと言って否定する必要は無い筈よ?彼らが私達の生活を脅かし出したのは事実だけど、それは解決出来る問題でしょう?」
「そんなに簡単な事ではありません」
「わかっています」
エリナーは「天目」を見上げる。釣られるように繭子もまた見上げた。
「だからこそ、これを動かそうとしているのでしょう?」
暗い青色をしたカラーリングに、刺々しいフォルム。旧帝国残党勢力を恐慌させる為に、要塞一つを木っ端微塵に砕いて見せて以降、数々の作戦で敵味方を恐怖させたこの一つ目の巨人が再び起きる時こそが敷島人の勝利の瞬間であろう、と幕府の首脳達は思っていた。幸い、過去の民らしく―敷島人の知っている過去ではなかったのだが―「日本人」達の軍事力は有力ながら古い。また価値観も敷島人とはまるで異なるもので、勝利至上主義の「敷島人」に比べて、「日本人」は純朴である。一部の産業資本家や自由主義者にとっては彼らの方が組み易そうですらあり、共和国政府や幕府総本営は、日本人を利用して反共和国・反幕府の挙兵に利用しようとする動きを既に察知していた。
「…申し訳ないけど、問答はここまで。続けるわよ?」
エリナーはそのままの姿勢で繭子に告げた。
「分かりました。お願い致します」
繭子はエリナーへ向き直って、背筋を伸ばし、踵を合わせた。エリナーは一息ついて繭子に向き合う。
「我らは大内山の陣営にて間弓殿の軍勢と合流し、そのまま紀伊長島まで向かうわ。美杉から霧山の軍勢がやってくるから、それと合流次第総懸りに出る」
大内山は鉄道で言えば一本で赤羽御所支配紀伊長島まで入れる地域であり、常日頃から赤羽谷への「有事」における進撃を想定して兵が置かれていた。