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RISORGIMENTO

第3章 覇道の一里塚 上篇


 雨音が心地良いリズムで、列車を無人の駅舎で待つという、無為に過ごされる時を楽しませてくれる。普段、地を叩く水の粒など気にもしない事ばかりなのだが、今この時のように、暇を持て余している時などには、こうやって耳を立てていると色々と感じ入る事が多いものだ。柄にもない、と言われてしまうとそれまでなのだが、余裕のない生活をしていると、つい、このような感傷に耽ってしまう事がある。

 苦しい「宮勤め」に耐え切れずに逃げ出し、言わば傷心の私が帰る場所は一乗谷にはなかった。結局、そのまま行先も告げずに出奔し、有り金を以て国中を渡り、漸く今の勤めに就いた時には金もなく、夜を過ごす床さえも満足に得られない有様だった。それからというもの、一所懸命に勤めていたという記憶はあるものの、一体何をしていたのかは余り印象に残っていなかった。少し残念ではあるが、無我夢中とはこういう事を言うのだろう。言葉を扱う仕事をしながら、今こうやって思い返す中で諺の核を見出すとは我ながらに…そう、未熟だと思う。嘗て言われたように。

「笑われてしまいますね、あの方に」

 不意に声に出してしまい、己の耳でそれを聞くと、少し顔が火照った感がある。

 何という事でしょうか!?

 こんな所で、こんな場所で、何を考えているのか、私という者は!

 …あの方に初めて会ったのは京の四条烏丸の喫茶だったが、それよりというもの、物思いに耽るたびに、不意に、ついつい、あの方を憶う。武骨な手を思い出し、変わらない表情の内に秘めたものを感じ入らせる瞳、平服で武具を一切纏わぬ身にありながら、精悍で精強な、武者の姿を見た、それでいてどこか…寂しい?そう、寂しそうな後ろ姿。あの方は私が探りを入れて来たのを看破しながら、最後まで付き合い、コーヒー二杯の伝票を以て去って行く時に、私に告げたのだ。

「未熟だな」

 あれで心に穴が空き、そこへあの方が入り込んでしまった。それ以降、私の心には若干の余裕もなく、徐々に膨らむあの方への想いが、意気軒昂に励んでいた勤めを押しのけつつあった。

 ルポライター。フリーになって以降も生計を立てるには充分に仕事にあり付いて来た。今日という日もその為にここまで来ているわけだが、結局、あの方の事ばかり考えていたわけである。
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