第3章 覇道の一里塚 上篇
―禍津日原クレーター―
「どうだった?会津男は?」
「どうとも。別段、気にする事はない」
「お気に召さなかった…訳ではないみたいだけど」
「何が言いたい」
与えられた執務室にて浪岡顕法(なみおか あきのり)と話をした上野正斉は、自分の宿営に戻った。宿営は総督府の近郊に工兵を用いて建てた物だが、簡易ながら兵を収容できる宿舎であると共に、襲撃に備えた陣屋であった。今、上野は彰と二人で使っている部屋に居て、壁側に設けた簡易ベッドに仰向けに寝転がっていた。彰はその傍ら、同じくベッドに腰掛け、彼の右太ももに手を置きながら、先程とは変わった、優しい表情で上野を見詰めている。なお、部屋にベッドは一つしかない。
「一廉の男、とは見ていたんじゃないかなって」
「まあな。それなりの人物だとは思う」
上野は詰まらなそうな表情で抑揚もなく答えた。彰はふふっと笑った。
「やっぱり、那須さまみたいにときめかないかしら?…って痛っ!」
手を置いていた右脚をやや力を込めて臀部にぶつけられた。
「下らん事を抜かすな」
心底うんざりした表情で上野は体を左へ転がし、壁側に向いた。ぶつけられた臀部を摩っていた彰は少し悪戯っぽく笑い、自らも寝転がって体を上野の背に密着させた。
豊かな胸が押し潰され、ベッドのカバーにシワが入る。彰は左腕を枕にしている上野の左脇腹から自分の左腕を上野の胸に行くように押し込んだ。
少し、体が浮く。彰は愛らしく笑い、続けて上野の右腕と脇腹を抜いて己の右腕を差し込み、男の胸の前で交差してそのまま抱き締めた。上野の首元に自らの顔を寄せた彰は時折、猫が壁や柱にするかの如く、上野の顔を自らの顔で擦り付けるように撫でた。
「なあに、苛立ってるの?」
「別に。下らん事を抜かす阿呆に呆れただけだ」
「阿呆とは失礼じゃないの」
彰は右膝で力なく上野の右太ももを蹴った。上野は気にしない。
「ところで、浪岡クンは何て?」
「…仮にも上役だぞ」
「彼は貴方を同志と見ているわよ?」
「それでも…だ」
上野は体を変えようとし、彰は腕を離した。少し体を浮かしている合間に彰は両腕を自分の胸元に寄せ、上野は彰に向き合うようにして、今度は右腕を枕にした。
「…ハンス ルーデルとヴェルンへアが宇都宮から進路を変更した」