第3章 覇道の一里塚 上篇
若い、そして姿形から声に至るまで極めて美しい。しかしながら、この近寄ってはいけない「危険さ」は一体何なのか?落合は彼女に出会って以来そう思った。上野の秘書だと言うが、下衆の勘繰りながら、きっとそういう問題の関係ではない。総督と会見した折にも彼女は立会っていたが、会見場にて「総督の物言いが気に食わぬ」とした上野の配下 磯部源次郎義堯、荒川悪左兵衛義虎が十三宮勇の制止を跳ね除けて総督に斬り掛からんとした時、彼らを一言で鎮め、その場から下げさせていた。ただの秘書がそんな力を持てるわけがない。勇にはやや軽蔑されたが、きっと「男と女」であるはずだ。落合は妙に自信を持っていた。
「…宜しく」
清継はなおも警戒を崩さない。上野の傍らの中野彰子(なかの しょうこ)こと「鹿取の麗人」彰は清継の反応を内心面白がっていた。わざわざ通名という偽名を用いて名乗ったが、どうせ信じてはくれんだろう。本人はそう思っていた。
「まあ、立ち話も何ですから」
落合が気を遣い、腰を落ち着けるように促された清継は一番に応接の客席へ腰を据えた。次に落合が清継の正面に座り、上野がその隣に腰を下ろした。そして彰は部屋の隅の、所謂(いわゆる)秘書や通訳が座る臨時の席に腰を下ろした。
「突然で申し訳ありませんでしたね、泰邦殿。総督からも是非紹介する様に、とのお達しでして」
「…いいや、そういう事なら一向に構わない。むしろこちらとしても好都合だ」
「好都合?と申しますと…」
「ああ、敷島人を知るにはな」
彰は少し残念がった。その狙いなら、自分達は最も適さないと思えたからだ。敷島人の中でも浮いているという上野とその部隊については、むしろこの世の誰よりも、地獄の閻魔のが良く知っているだろう。まして上野は、人として色々壊れきっている。
「存じておると思うが、私は泰邦清継と申す。宜しく頼む」
「お会い出来て光栄に存じます、閣下」
無表情。先程からずっとそうだが、傍らの女が微笑み続けているのに対して、この上野という男は只々無表情である。感情などないかのように、杓子定規な言葉で返すのみ、だ。会津で見知った敷島人将兵はもうちょっと賑やかではあった。極めて物騒で、鼻持ちならなかったのだが。
「上野殿、と申したな」
「はい、閣下」