第2章 流転の刻に
「しかし、真田君も李君も確か伊豆で海上訓練だったなあ。これでは呼び寄せる事も叶わない。あれだけの実力者が居てくれれば心強かったのだが」
「・・・・・・・・・・・」
紗奈は何も言えない。言いたくない。恋人 真田景綱は僚友の李成功そして艦隊司令の丁仲達 提督共々安否が確認できない。様々な可能性が頭を交錯する中で苦しんでいた。彼に会うまでローマの教えのみに心の拠り所を求めていた紗奈にとって、景綱は初めて垂れ掛かって行ける人物であった。貞節を誓い、彼の妻として生きる夢が儚く散華してしまったかも知れない。そんな事もし自分から口に出したら十中八九紗奈は身も心も壊れてしまうだろう。紗奈は絶対に言いたくなかった。そして言わない。認めない。仮にそうだとしたら…主の御許へ行こう。あの異人共と斬り結んでその身を好きなだけ貪られれば良い。そう思った。
希望の裏腹の自暴自棄さは一体何時から生まれたのだろう?嘗(かつ)ては主の教えに全てを捧げていれば済んでいたのに。恐らく彼に食堂でトマトジュースを盛大にぶっ掛けた時からだろうか。
「…上野さんは、その異人達と『一応』結んだんでしょ?」
ごちゃごちゃの頭を整理しようと紗奈が質問した東漢塩手はその表現に引っ掛かりを覚えた。
「異人と言うのはやめられた方が良いかと存じます」
「…わかってますよ。…で、どうなの、塩さん」
恋人の居ない苦しさが、彼女の余裕を奪っていた。塩手は最早(もはや)指摘する気はなかった。
「間違いないかと。只勿論ながら大河内頭取の差金です。上野さんならきっと、確認も取らないでしょう。今頃彼等は皆殺しです。『契約者』すら歯が立たない怪人ですから」
人の身にして、人ならざる怪物。しかし、彼はそれにしては、那須与一郎との身体的な差があり過ぎる。紗奈はそう思わざるを得なかった。
「…彰(しょう)姉さんにボラの餌にされるよ、そんな事言ったら」
一瞬で顔を引きつらせた塩手をよそに犬養はACSという装甲騎兵が電力事情で使えない事や宇治で起きたような敵方への「無慈悲な行動」を如何に防ぐかを思案していた。そして、アフリカで出会い、フランスで多くの敷島兵を討った女の事を思い出した。
「…サト アオバ。次はやらせんよ。ウチの子達は‥俺がやらせん」
漆黒の女が東京に居る。それだけでも彼のやるべき事は決まった。