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RISORGIMENTO

第2章 流転の刻に


 ―琵琶湖畔(近江国)大津―


「全体、駆け足!」

 新任の士官の緊張がありありと見える。近江のいつもの風景だ。しかし、調練を見詰める犬養征太郎と副官 東漢塩手(やまとあや しおで)の顔に深い悩みがあるのを傍らの来嶋紗奈は感じていた。

「やはり、彼女の事ですか?」

「…わかる?だよねぇ。僕の悪い癖だ。どうも悟らせてしまう。いかん、いかん」

「それが閣下のチャームポイントですよ」

「ハハハ、美人の御世辞は嬉しいよ。僕もまだまだ枯れてないのかね、性懲りも無いけど」

 フランクさと軍人には珍しいリベラリスト振りで知られた犬養は平常運転で話し出したが、その眼は決して口振りのように軽いものを見据えていない。紗奈には良く分かっていた。伊達に朝倉尊景や坂上次郎三郎(さかのうえ じろう さぶろう)と並んで尊敬を集めてはいない。既に老境に至っておりながら、現役で最前線を闊歩するこの男は大阪に現れたと言う和泉なる者に不審の興味を抱いていたわけだが、今は近江の幕府総本営を離れず、湖北軍管区総督 壱岐守邦 陸軍歩兵頭取と湖南軍管区総督 巨勢果安(こせ はたやす)陸軍砲兵頭取に監視と自衛行動以外の全てを禁じ、自らは偶然出張中だった軍務所の官僚 来嶋紗奈と副官の東漢塩手、そして子飼いの番頭として近江駐屯騎兵衆の頭に赴任させた「黄頷蛇(あおだいしょう)」道嶋角足(みちしま すみたり)と「白犬」捕鳥部万太郎を傍らに兵の調練をさせつつ情報収集に当たっていた。そこで手に入れた情報には幾つかの「不安要素」を孕んでいた。

「何故、彼女がいるのかなってね?フランスで死んだはずだろう、表向きにしろ」

「…それが、上野さんの言う『東京砂漠』にいるんですものね。彼女の、昔の、あの姿で」

「まあ、奇跡的な事だし、ここは既に冥府かも知れぬ。景綱公も義朝公も見当たらぬが」

「止めて下さいよ。こんなおかしな所が神の国だなんで思いたくないです」

 ぐぐっと盛った胸元の十字架を握り締めて紗奈は吐き捨てたが、犬養は表情を変えずに、

「来嶋君のフィアンセ殿も見当たらないしね」

 と呟いた。紗奈は俯いて黙り込んだが、茶化された怒りと別の感情を押し留めている雰囲気を感じて犬養は小声で謝り、しかし続けた。
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