第2章 流転の刻に
自分を数に入れて半泣きになる実子を見てその父を宥める資高をよそに藤綱が代わって付け加えた。
「慢心に下賎な功名心の成れの果てよ!これではまた紀清の両党に笑われるわ!」
実子は内心激しい後悔の念に苛まれていた。手負いと言っても那須兵とは異なり、彼女の部隊は星川初の釣り出しに乗せられ、深入りし過ぎて星川軍歩兵の十字砲火に晒される失態を犯した為かなりの重傷である。彼女自身も狙撃兵から狙われたが、実子の深入りを知って救援に向かった那須与一郎と相馬・瀧田の馬廻が突撃し、那須自身が笠懸で鍛えた弓馬の腕で狙撃兵を幾人と射倒して救い出した経緯がある。
「・・・・・・・」
その後猛然と総懸りを仕掛け、更には遠くより迂回させていた景高腹心 佐久山藤三郎資高の騎兵が、後退する星川軍歩兵部隊の横っ腹を突いて痛撃を与えて仕返しはしてやったのだが、藤綱はその後の追撃で星川初本人に迫りながらも遂に巧みな後退戦術に阻まれ逃げられてしまった。その悔しさもあり、藤綱は余計に妹を責め立てた。この場に居ない、一門重臣の紀清両党の益子・芳賀両士大将と親類の宇都宮八郎右衛門繁綱 騎兵頭がこじ開けた突破口を利用されて妹が、那須の作った好機を兄が生かせなかったのである。面子に拘る宇都宮でこれを見過ごすのは難しい。責め立てられて萎縮し、気鬱の侭責め立てられているのを見兼ねて口を挟もうとした景高の様子を察し、それを制した黒正弾正景澄が言を発した。
「憚りながら、宇都宮公に申し上げます。この度の兵達の手負いは御息女様に負うべき責がありまする事は確かであると言えます。しかしながら、これは単にあの敵…星川とやらが上手であったというべきであると存じます。あの後退の技も然り」
ピクッと藤綱の肩が動いた。邦綱はそれを一瞥した上で改めて弾正に向き直り、
「雲州の逃げ弾正がそう申す程であったと?牛尾誠清(うしお まさきよ)、そちは如何か?」