第2章 流転の刻に
まあ慣れっこですけど、と付け加えて実子は疲れた表情を残したまま微笑むように顔を崩した。幼馴染で、彼の武人気質と不器用さを知っている実子は、しかしこうは言いつつも何かに付けて彼と行動を共にしている。別に恋心があるわけでもないのだが、純粋に彼の事が好きなのである。あの光と共に空が落ちて来た後も混乱の中すぐに与一郎を探し回って、先に背後から声を掛けられて勝手に赤面していた程である。那須与一郎景高という人格にとっても配下を除いて、自身の傍らで寝る事を認めるのは、自身の師である朝倉尊景入道、今はフランス領ギニアに去ってしまった元恋人レティシア マルラン、そしてこの実子ぐらいな者だ。実はもう二人ほど居たのだが、一人は既にその者自らの手で身罷り、一人は仲違いをしたまま遠くより見守る事しかできなくなった。
「無理をなさらず、みのり様も御養生なされませ」
主に代わって労りの言を投げ掛ける相馬平六郎は、感謝のアイコンタクトを実子から受けつつ手にしていた布切れを彼女に渡した。敵兵より剥ぎ取られた腕章には敵軍の長の名があった。
「・・・・・星川…ね」
訝しげに見る娘を前にして邦綱は漸く陣幕に入って来たびしょ濡れの倅 藤綱に顎を突き出して早く座るように指図し、与一郎景高殿、と声を掛けた。
「我が方の手負いは如何程か?」
星川によって全滅した国境の駐屯兵500騎は那須・宇都宮いずれでもなく、今は連絡の取れない関東総督府が預かった会津の訓練兵であり、邦綱にとって数の内に入らないのは明白だった。景高はそれを踏まえていた。
「恐れながら申し上げます。まず我が隊先手を務めた鹿島康之輔高盛の組に29人、続いて福原禅坊入道の組に25人、そしてクロートヴィヒ フォン ホーエンエムスのドイツ騎士組に20人出ております。また、某の馬廻である瀧田清太郎義宗の配下で17人傷を負いました。そして…そうですね‥」
口籠った与一郎景高を見兼ねて藤綱が声を大きめに出した。
「み の り の騎兵惣組で何人だったかな?」
「…は、85人です…。すいません…」
自らの右腕の包帯を隠すようにしながらバツの悪そうな声でボソボソと口に出す実子に邦綱はイラついて声を荒げた。
「はっきり申せ!正確に!」
「86人です!ごめんなさいっ!」