第2章 流転の刻に
「ふん、虫けら風情が。息巻いて飛びおるからだ」
「それは侮りですかな、早太郎殿?」
墜落して逝く友軍機にどよめく敵に戦車隊を突っ込ませた装甲兵惣目付 池沢右近充に続いて、臥牛義雄こと騎兵差図役校尉 烏山早太郎と同役ラルフ ホルツミューラーは両人の騎兵組およそ400騎余りを突っ込ませた。薄手ながら防弾の仕様を施した騎馬はアフリカでも中東でも歩兵の群れを恐慌に陥れたが、この眼前の敵は驚きこそしたが決して怯えはしなかった。しかしそれとて歴戦の物頭であり同時に荒武者である両人にも、その配下にも別段再考を催す程の事にはならなかった。要は薙ぎ払えば良いのである。
「戯言を!申すな!」
ラルフの冷めた問いに声を張り上げながら、早速敵兵を軍馬で踏み付け、馬上から朱塗りの手槍を歩兵の首元に突き入れた早太郎は負傷して転がる敵の士官を眼下に見詰めた。池沢の突撃と続く騎兵の総懸りは敵の前線を崩し、一つの陣地を文字通り「平定」した。
「この俺が、侮りだと?笑止千万だ、ラルフ!」
転がった士官は最期まで
「初様の為に!」
と叫んで味方を鼓舞していた。そして今も遺言代わりにそう叫ぼうとしたのだろうが、無情にもラルフへの返答のついでに首を槍で貫かれ、呻くに留まった。
「それならば宜しいのですが、某は」
ラルフはまた熱の感じられない言葉を早太郎に投げて寄越しながら、息のある敵兵に一人、また一人と仲間の血で塗られた刀で別れを告げた。
「ふん。どうせ信じんのだろう!」
早太郎はいつもながら熱もなく人を諌めるこの男に憤慨しながら、一方で周りを確認するのを怠らなかった。ラルフも彼のこういった用心深さも(諫言や注意といった事を毛嫌いする彼の「幼稚さ」も含め)よくよく分かっているが、そんなものは坂東で生まれ、弓馬を習い、御屋形様に従って各地を戦って来た彼らにとっては当然の事でしかない。ラルフにとって早太郎は戦での暴れ回りを除いて、この男は及第点に甘んじて大言を吐く未熟者に過ぎない。尤も、京の街で町衆相手に踏ん反り返っては、右京番役 上野正斉に怯える会津やブルジョワ上がりの小僧共に比べれば遥かに信頼が置けるのには間違いない。そして今士気の高さを自らに見せ付けたこの敵のどれよりも、である。
「これは、侮りじゃないのだがな、ラルフ」