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RISORGIMENTO

第2章 流転の刻に


 ―下野(しもつけ) 武蔵国境―


 合戦の匂いも、合戦の景色も、およそ「合戦」というものには何もかもに慣れていた。現に先程から鼻に付くこの匂いも別段どうという事もないものだ。しかし、軍勢が展開する戦場(いくさば)は些か違和感を覚えさせる。行われている事は文字通りの「合戦」だが、先程から物見が伝えて来るのは、有り体に言えば

「奇人の群れがこちらに体を寄せてくる」

 といった事ばかりだ。余りに奇天烈な話ばかり。仕方なしに送り出した信頼する物見頭による声の裏返った報告にもうんざりした。詳しくなっただけで要するに同じなのである。これには軍司目付 那珂千景も正直わけが分からない。決して物見の報告が意味不明なのでなく、戦況が有利に傾いたのも全て承知できていた。ただ敵がどうして敵として、自分達に刃向かうのかが分からないのだ。番頭(ばんがしら)は傍らの親友にして部下である相馬平六郎景胤と佐竹源三郎義繁と共につぶさに観察して、対峙した相手が敵となる事を全軍に知らせたので、千景自身は敵が寄せて来ても驚く事もなかったのだが、自分の目で、番頭が観察したものを「見た」わけでなく、結局分からず仕舞である。

「演習の筈だったのにね」

 誰も聞いちゃいない。今、幕の内に頭(かしら)の類は目の前の物見頭と千景だけである。こんな愚痴は普段なら言えるものではない。千景は只この情況に感謝した。周りの連中は男女に拘らず、物見の言う「奇人の群れ」を敵と知るや、直ぐに戦に取り掛かり、内心おろおろするばかりの彼女に幾つか下知した番頭を筆頭に馬廻・組頭皆が前線に出て行った。行軍中は共にお互いの近況を話し合っていた宇都宮邦綱の娘 実子(みのりこ)もさっさと戦支度をして敵に襲い掛かって行った。「病気」が出ない限り温厚で、気の弱い千景にとって、このような連中に着いて行くのは正直疲れるというものだが、しかし彼達こそ彼女の唯一の居場所であり、でなければ今日坂東の故郷に程近いこの下野にやって来る事だってなかったはずである。

「…是非も、無しね」

 千景は自嘲のように、口の端を少しだけ上げた。我が番頭、那須与一郎景高ならそんな言葉も要らないだろう。自らをよくよく分かっているからだ。そうも思いながら、彼の居ない陣幕で伸びをした。
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