第10章 若君と女中(薬師視点・かすが)
この日、数日ぶりに薬草採取から戻ってきた私は。
こちらでは珍しくも贅沢なお湯のお風呂へ、ゆっくりと浸からせてもらい。
気分さっぱりご機嫌で、城の中を歩いておりました。
「あら、若様。お帰りになられていたんですね」
「若様、お帰りなさいませ」
「少し前に着いて、お湯をいただいていたんです。ただいま帰りました」
前から歩いていた、顔見知りの女中さんたちに挨拶をしたら。
わらわらと新たな女中さんがやってきて囲まれました。
「若様、ご無事でなによりでございます」
「若様、この間いただいた手荒れに効くという軟膏、とても助かっておりますの。本当にありがとうございます」
「いいえ、お役に立ててよかったです。皆さんのやわらかく繊細な手が傷だらけになってしまっては大変ですし、女性の顔が悲痛に歪む姿なんて私も見たくはありませんからね」
本心からそう言えば、きゃっきゃと可愛らしくはしゃぎだす皆さんの姿に心がほっこりする。
はい、越後ではわたくし若様と呼ばれたりしております。
何故かと言いますと、まだこちらへ来たばかりの頃。
女中でも忍でも正室でも側室でもなんでもない、年頃の女人が謙信様のお傍にいるというのは何かと問題があるということで。
出自を偽り、長らく男の格好で過ごしていたのですよ。
そのようなわけで、ちょこちょこ男の装いをしている為、今ではすっかり若様呼ばわりされている次第です。
中性的な顔立ちと、女性らしからぬおうとつの少ない体型のせいで、最近入った女中さんたちからは本気で性別を勘違いされることもしばしば。
まぁ、城主の謙信様自身が、性別不詳な見た目とお声をされていますからね。
若様と薬師が同一人物だと気づかない方々も、たまにいらっしゃいます。