第9章 白鳥、舞い戻る
「お疲れさまでしたー!」
いつもの基礎練習を終え、部活の終了時間を迎えた。居残り練習するチームメイトや先輩達も多かったけど、今日の私は帰り支度を始める。
「あれ、なつみ。トス練やんないの?」
トスを上げて欲しそうなリカコが近くに来たけど今日は居残るわけにはいかない。
「…リカコごめん。今日は用事があるんだ」
「……そっか。牛島帰ってきたもんね」
私が今から何をしようとしているのか、リカコにはお見通しみたいだった。面倒かけてごめんね。最初からこうしていれば良かった。牛島からも自分の気持ちからも逃げて、そうすれば楽だし丸く収まると思っていた。そんな訳がないのに。
「…なつみ。もし上手くいかなかったりしたら奴の息の根止めてやるから」
「……リカコ本当にやりそうだからやめて」
前にもこんなこと言ってくれてたことを思い出す。リカコはニヤッと笑ってコートに戻っていった。それだけのやり取りだったけど、なんだか全然大丈夫な気持ちになった。例え拒否されたって受け入れてもらえなくたって大丈夫。またいつも通りバレーボールをやればいい。
体育館の出口で靴を履き替えて男バレの体育館へと向かった。手には汗が滲み始め、頭の中には牛島にされたキスのシーンが蘇ってくる。あんなことされたんだから自惚れてもいいのかな。牛島は誰にでもキスするわけじゃないし。
自分にとって都合のいいほうに全てを考えながら私はただ走った。届いて欲しい。ただただ素直に正確に。私の本当に正直な気持ちが伝えわってくれればいい。それだけで充分。
伝われ――――――。
中学一年生の時、体育館で出会った。綺麗なフォームでスパイクを打つ少年だった牛島。男バレの試合は全部応援に行ってた。牛島も女バレの応援に来てくれた。あの頃は楽しかったね。みんな身長もあまり変わらず男女混合の試合なんてしょっちゅうだった。人数も多くなくて毎日一緒だった。
高等部みたいにチアもいなくてみんなで高等部に憧れてたよね。牛島も密かに楽しみにしてたの知ってる。それでも、牛島の一番近くで応援できる特権が欲しい。チームメイトにはなれないから、彼を思うことだけは許されて欲しい。
「…ナ――イスキー……う、し、じ、ま」
自分を勇気づけるために呟いたコールは思ってたよりも数倍心強かった。