第4章 利害
「…天童くん」
私は教室内にいた天童くんに声を掛けた。彼は机から教科書を取り出していて、どうやら忘れ物をしたようだった。
「あれ、なつみちゃん?部活はどしたの?俺教科書取りにきただけだから、一緒に戻ろっか」
いつも通りの優しい笑顔でこっちに歩いてきてくれる。教室内には誰もおらず、もうみんな下校した後だった。「さ、行こ行こ」と彼が促したけど、私は天童くんのジャージの裾を握った。
「…なつみちゃん?」
「…さとり」
天童くんの体が一瞬強張ったのを感じた。教室のドアに向かっていた体が私のほうに向きを変える。
「…何かあった?」
「……………………させて」
「え?」
天童くんは私の彼氏。甘えたっていい。そんな考えが頭の中を駆け巡る。ずるいって分かってる。こんな時にだけ名前を呼んだりして。彼が拒否できないように逃げ道をそっと塞ぐ。
「牛島を、忘れさせて」
今度はハッキリと声に出して天童くんを見つめる。牛島のことを一瞬でも忘れさせてくれるなら何でも良かった。天童くんの優しさにつけ込んで、天童くんの欲望につけ込んで、私はわざとそのセリフを吐く。
「…あー…。滅茶苦茶にしちゃうけど、いい?」
そう言うと天童くんは右手をそっと私の頬に添える。勘の鋭い私の彼氏は、私の今の望みをきっと叶えてくれる。
顔を傾けた天童くんの唇がそっと触れる。触れて、離れて、今度はお互いの感触を味わうように食んでいく。思ってた以上の柔らかい感触に、思わず体温があがってきてしまう。
「…ん」
「………なつみ、少し開けて」
この空気の支配者になった天童くんの言葉に逆らえなくなってしまう。言われるがまま少しだけ口を開けると、すかさず彼の舌が口内に入ってくる。すぐに私の舌と絡まり合い、唇はより深く合わさっていく。
「…んあ」
息が苦しくなって一旦顔を離すと、唇の端から零れ落ちるキスの痕。天童くんは私のそれを親指で拭うと、今度は噛みつくようなキスをしてきた。先程よりも激しく舌が絡まり合い、体の芯が熱くなってくる。初めての感覚に涙が勝手に零れてくる。