第3章 流れていく
白鳥沢学園中等部の理科室は1階にある。理科室のちょうど外側には花壇があって古びたベンチが置いてあり、私のお気に入りの場所だ。落ち込んだり、誰かと言い合ったり、運動部だからこそ人と衝突することもよくあった。その度にこの場所に来て頭を冷やしていたのだけど。
「…まさか高等部になってからも来るとはね」
我ながら幼稚な態度すぎて笑う。中田くんの言い方は確かにキツかったとは思うけど、逃げ出してしまった以上一番失礼なヤツは間違いなく私だ。
それに、無意識に私は期待していた。牛島の優しい言葉を。「中田言い過ぎだ。緑川は頑張っているだろう」みたいな言葉を。…なんて甘ちゃんなんだ、私。あんなダメダメなトスを連続で打たされて、牛島が何も思わないはずないのに。
「…緑川さん」
ベンチに座り俯いていたから、声を掛けてきた人のスニーカーしか見えない。でもこの声は…
「ええと、マネージャーの、」
「高岡よ。試合、戻らないの?」
…そう、男子バレー部のマネージャーが、なぜか私の目の前にいる。なぜここが?…というか、なぜ私に声を掛けているんだろう。
「すぐに追い掛けてきたんだけど、気付かなかった?」
…全く気付かなかった。そんなに余裕なくしてたんだ、私。私を真っ直ぐ見つめる高岡さんの表情は、呆れているわけでも怒っているわけでもなさそうだった。
「今日は一日ミニゲームの日でしょ?選手が一人でも抜けるとみんな困ると思うんだけど」
「…ああ、うん、それは分かってる。ごめんなさい」
「分かってないと思う。女子バレー部も全国目指してるって聞いてたけど間違いなのかしら?」
…ああ、やっぱり怒っているな。高岡さんがテニスのインターハイで準優勝しただとか、牛島のこと好きだとか、私の頭の中でそんな情報がグルグル回っていく。グルグル回って、この人には私は勝てない、と思ってしまった。
「…牛島くんの才能が羨ましい?」
「え…」
「彼は天才ってやつなのよね。見てれば分かる。あなた、羨ましいって顔で今日ずっと牛島くんや天童くんを見てたわよ」
「…そっか」
図星を突かれて足元の芝生を少しだけ踏みしめた。