第3章 流れていく
「…ちょっといいか?あんた、緑川だっけ」
チームメイトの一年生男子が後ろから声を掛けてきた。名前は…えーーと、最初に自己紹介したはずなんだけど。男女混合試合のことで頭がいっぱいだったから全然名前が出てこない。
「うん、緑川だけど…」
「俺も普段はセッターなんだ。そろそろ替わってくれないか」
「そうだったんだ、ごめんね気付かずに、」
「ガッカリだったよ」
「…え?」
はあーっと深いため息を吐きながら、彼は一旦視線を逸らしたんだけど、すぐに私の顔を呆れたような表情で見つめてくる。
「…牛島がいいセッターだって言ってたから期待してたんだぜ。それがさぁ、セットアップも中の下。男女ってことを差し引いてもヤバくないか?女バレってぬるい練習してんだな」
「…っ」
彼の辛辣でストレートな言葉に何も言い返せない。確かに怪我で最近までは練習にあまり参加できていなかった。それでもトスだけは自信があったし、磨きをかけてきたつもりだった。
「…ちょっとさぁ、中田クン言い方キツいんじゃないの」
「天童もぶっちゃけそう思ってるだろ。お前や牛島がどれだけタイミング合わせてやってんだよ。そんなのセッター失格だろ」
悔しい。悔しくてしょうがなくて唇を噛み締める。私、調子に乗ってたのかな。中等部から長い付き合いのチームメイトばかりだし、みんなに甘えていたのかな。
「…緑川」
牛島の低い声に思わずビクっと肩を震わせる。牛島にも気を遣わせてしまうのだろうか。天童くんだって普段はふざけたことしか言わないのに、今は私を庇ってくれている。きっと牛島も…
「緑川、今日は調子が悪いのか?いつもと違う練習で戸惑っているのはお前だけじゃない。もう少し集中できないか」
「…若利クン、追い込むのやめてよネ」
いつも通りの冷静な表情で私を見つめる。牛島は他人に厳しくは当たらない。ただただ事実を述べることを私は知っている。
「…ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
汗を拭いていたタオルを床に捨てて、私はこの場から逃げ出してしまった。