第2章 ある日、突然
~鬼灯said~
あの時、彼女は誰の名前を呼ぼうとしたのだろう。
そう思って、鬼灯はひいろの寝顔を見た。
涙で濡れた頬。華奢な体。
ひどく頼りなげで、今にも消えてしまいそうなひいろの体をぎゅっと抱きしめた。
交わした会話が蘇ってくる。
『……あの……。』
『っ……。なんでも、ないです……。』
何かを切り出そうとして、でも言えなかったのだろう。鬼灯の腕にたやすくおさまるひいろは、きっと自分を責めてしまうような人だと思うのだ。
出会ってまだ1日。よく知らないはずの彼女。
そんな彼女に、普段ならしないような行動をすることに驚く。誰かを、自分から抱きしめるなんてことは今までになかった。
なのに、なぜだろう。ひいろから少しずつ伝わってくる体温も、鼓動も。全てが愛おしくて切なくて、でも、安心できた。
その感情は、彼女によく似た人の記憶を思いださせて、鬼灯はより強くひいろを抱きしめる。
あんなに明るかったひいろ。でもさっきは、ここにはいない誰かの影に怯えていた。
鬼灯を誰かに重ねたのだろうか。
ひいろがはじめ、なにを言おうとしたのか。
ひいろが最後、誰を呼ぼうとしたのか。
それは鬼灯にはわからない。
でも、時間は2ヶ月ある。
そう、まだ2ヶ月。
それがいつか「もう」に変わる日は、まだまだずっと先の話だ。
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鬼灯said 1
~完~