恋に落ちる瞬間は(仮)[ONE PIECE/サンジ]
第2章 湯気の向こう側
なんでサンジさんが謝るのだろう。
眉間に皺を寄せたサンジさんを私は見つめ、持っていたカップを両手でぎゅっと握る。
「…サンジさんが謝ることないです、かと言ってルフィさんが謝ることでもない」
「でも大切な店だったんじゃ?」
「大切でした、私の唯一の居場所だったので…」
じゃあやっぱりと続けるサンジさんの言葉に私は被せるように言い放つ。
「運が悪かったんです、ただそれだけですよ」
「サーシャちゃん…」
「壊れてしまったものは仕方ないんです、サンジさんが気に病まないでください」
私以上に悲しい顔をするサンジさんをあやすように私はにこりと笑って、もうすっかり冷めてしまったただの甘いだけのミルクを飲み干す。口の中に広がる甘さを堪えてサンジさんにカップを手渡した。それ以上サンジさんは何も言わず、部屋を出て行く際に俺は2つ隣の部屋にいるから何かあれば呼んでくれと、私をこの船に誘ってくれた時と同じ様に優しく笑って扉を閉じた。
「サンジさん…」
閉じられた扉を見つめ、ゆっくりとベットに横たわるとサンジさんが貸してくれた毛布に包まり瞳を閉じる。
正直、これからどうするかなんて自分でもわからない。また店をやろうとも思わない。もう疲れてしまった…一人で頑張るのはもう………
私は甘いムスクの香りに包まれながら意識を手放した。目からは一筋の涙が流れたが拭う事は出来なかった。
その夜、夢に見たのはあの日の事。
雷が空にこだまし、雨が波が酷く身体を打ち、一人、また一人と仲間が海へと姿を消して行く。
最後まで船に残ったのは私と…恋人のユージーンだった。
私は右から左から襲いかかってくる波に流されまいとマストに登るためにかかっていた縄梯子に必死にしがみついていた。ユージーンはそんな私を背後から力いっぱい抱きしめてくれていたが、大きな波が私たちを襲うと二人を繋いでいた手はあっけなく解け、ユージーンは波の向こうへと姿を消し、私は水を飲み込みながらそのまま意識を失った。
…5年経った今もこうやって夢を見る。
もう慣れてしまった。
もう彼を想っても涙は出なくなってしまった……