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第6章 恋人ごっこ[常磐]


互いに好きなものを知るところからと懸命に俺の好みのものを聞き出して。その次は自分はこれが好きだあれが好きだと勝手に言ってきて。期間限定とはいえ、一応の恋人関係にあるのだからと俺も雪音好みのレストランに数度連れて行ってやった。3週目になる頃には俺にだけ向けられるその純粋な好意も笑顔も悪くないと思い始めていた。
(嗚呼、どうやら俺はいつの間にか――)
自分の中に芽生え始めてしまったこの感情(おもい)に気づいてしまっては、もう後戻りなどできない。
「――俺からの返事を聞かずに終わるなんぞ許さんからな…っ」
そして医療班が到着し雪音は処置室へ運ばれていった。


それから数日雪音が目覚めることは無かった。
常磐は仕事の合間を縫っては雪音の見舞いに行き、時間の許す限り彼女の傍にいた。
そして五日目を迎えた早朝。雪音が弱々しく目を開けた。
「雪音!俺だ。分かるか?」
「とき、わ…さん…?」
「ああ…よかった…」
一気に脱力し、コールを押して雪音が目覚めたことを知らせた。駆けつけた医療班に、少し話があるからと病室を一旦出た。

「それで…お話とは?」
「実は、非常に申し上げにくいのですが…先日胸から下腹部まで斬りつけられた際、子宮を少し傷付けられたようで…。子供を作る機能自体に影響はありませんが、お腹の中で子どもが育つにつれて子宮がそこから破裂する危険性があります」
「な、に…それ…」
「なので…子供を産むのが難しくなるかと」
カナヅチで後頭部を殴られたような衝撃を受けた。それは"難しい"というよりもほぼ"不可能"と言えるのではないか。
(常磐さん…)
いや、ここで彼を想うのはお門違いだ。そもそも、目が覚めた時この病室にいてくれたのだって「部下を負傷させてしまったから」という理由からだろう。
言い渡された1ヶ月という期限まではあと2日か3日くらいあるかもしれない。しかし、本当に彼に振り向いてもらえたとしても…もう私に彼の子を産める可能性は0に等しい。
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