第1章 04月25日
「千尋ーーっ!遅刻するわよ?!」
リビングからお母さんがけたたましく叫ぶ声が聞こえた。
わたしはハッっとした。そうだ、今日は日直だから早く行くんだった。昨日、念の為に伝えておいたのをお母さんは覚えてくれていたのだ!
…今から準備を始めて予定の時間に間にあうか?時計を見るとまだ7時だ。30分で家を出なくてはならないがまだ間にあう。
「起きてる起きてる!今行く!ありがとー!」
ドタドタと階段を下りて、洗面所で顔を洗った。
さっき見た気味の悪い夢、知らない人の記憶についてなど考えていたらキリがない。わたしは何故かたまにああいった不思議な夢を見てしまう。何度も何度も避ける手立てはないかと考えてみたがその方法は全く見つからない。
わたしには他人や物の“記憶”を読み取ってしまう能力がある。すべての記憶を読み取ることは難しいが、相手のどこかに直接触れることによって“記憶”の一部がわたしの中に流れ込んでくるのだ。
大体は動画として映像が流れてくるが、場合によっては静止画のこともあるし、音楽だったり匂いだったりもすることもある。伝えたいことはモノによって違うのだろう。様々な形で彼らの心はわたしに“記憶”を押し付けてくる。
そんな彼らの押し付けてきたことを知ったうえですぐに忘れられることができればどれほど良いかと何度も思ったが、わたしの記憶力はそれを許さない。
わたしは自分が見たもの、感じたことを絶対に忘れないのだ。寸分、違わずわたしの“記憶”と事実にズレはない。
特技や趣味は何かと聞かれたときはクイズと答えるようにしている。見ただけで覚えられるのだから知的探究心があるとかそうゆうことではないが、暗記に関してはそう簡単に負けないだけの自信がある。
あと、落とし物の持ち主探しなんかも得意だ。触れただけで“記憶”が流れ込んでくるのだから。
わたしの記憶力が異常なことを知っているのは、家族と病院の先生だけだ。他の人はわたしを普通の人間だと思っている。
そして、触れたモノの“記憶”が見えてしまうことはわたし以外は誰も知らない。
…わたしの中だけでの秘密だ。
「朝から慌ただしくてごめんなさい!お父さん、お母さん、いってきまーすっ」