第10章 正しき社会、幸せな社会
「僕は怒りに我を忘れてしまっていた。二度とこんな事をしないよう、この気持ちは早く消したいんだが。」
この気持ち。…それはきっと、ステインさんを憎む気持ち、天哉くんをあんな行動に出させた気持ち。
少し自傷気味に笑う彼が一瞬、昔の自分と重なってしまった。
「無理に消そうとしなくても、いいんじゃないかな。」
「え?」
「その、ステインさんが憎いとか、悲しい、とか、怒り、とかって、感情は、たしかに、いいものじゃない。でも、その痛みは、無理に消そうとしなくても、いいとおもうんだ。」
「……痛みを…?」
私は、その痛みを知っているから。まるっきり一緒というわけじゃない。でも、似ているから。
「大切な人を傷つけられて怒ったり、傷つけた人を憎んだり、悲しんだりするのは当たり前だよ。……そういう気持ちって、それだけその人が大切だったっていう証拠だと思うんだ。」
きっと、天哉くんにとってお兄さんは、本当に本当に大切な存在なんだ。だから、今回のこの事件が起きてしまった。
憎いとかそういう気持ちはもしかしたら良くないものなの…かもしれない。
でも、その、お兄さんが大切っていう気持ちは、ダメなんかじゃないって、わかる。