第11章 嵐の文化祭 その4
「・・・っ!」
グチャと音を立てて、卵が床に落ちた。ぼんやりとそれを見つめる。
「おい、宗介。お前もうそれで3個目だぞ」
横から凛が、咎めるような視線を俺に向ける。
「・・・わりぃ。ボーッとしてた」
謝ってから、汚してしまった床を片付ける。
「・・・なかなか帰ってこねえな、と思って帰ってきたらお前、そんなだしよ」
「・・・悪かったって・・・次から気を付ける」
もうとっくに開店したと言うのに、俺はずっとこんな調子だ。凛が怒るのも無理はない。
「・・・どうせヒカリとなんかあったんだろうけどよ」
「・・・・・・」
・・・何も答えられない。やっぱりこいつは鋭い・・・いや、ヒカリと会うからって出て行って、しばらく帰ってこなくて、この有り様だったら、誰でもわかるか。
「気持ちはわからなくもねえけど、やることはちゃんとやれよ。うちで一番まともに作れんの、お前だし」
「・・・ああ、わかってる」
「あとよ・・・ちょっとは時間置いた方がいいんじゃねえの?」
「・・・」
「今のお前見てるとそんな気がする・・・そんじゃ俺、接客に戻るわ。ちゃんとやれよ」
そう言い残すと、凛は厨房から出て行ってしまった。
手だけは正確に動かしながら考える。
・・・ヒカリが最後に言った『だいっきらい』が何度も何度も繰り返し、俺の中で再生されている。その度に胸がギリギリと痛む。あの時は走って行ってしまうヒカリを追いたくても、足が全く動かなかった。
・・・今日、初めてヒカリに手を払いのけられた。いつだって俺が頭を撫でてやれば、ヒカリは嬉しそうにしてたのに。
だけど・・・ヒカリが怒るのも仕方ない。あんなところを見てしまったら、誰だって動揺するし、怒る。
でも俺も驚いた。まさか昔の女が会いに来るなんて、思いもしなかった。抱きつかれてキスされそうになったのは事実だ。だけど本当に今は何の感情もない。
それをちゃんと説明したはずなのに、俺の言葉はまったくヒカリの耳に入ってないようだった。
ヒカリの気持ちはわかる。わかるけど・・・なんで、俺の話ちゃんと聞かねえし、俺の言葉信じねえんだよ、そんな苛立ちも湧き上がってくる。