第32章 ふたりの、初めて。 その9
「・・・宗介さん」
「ん?どうかしたか?」
「・・・大好き!」
「っ・・・」
駅までの道を歩いていても嬉しくて気持ちが溢れてしまう。だって大好きな宗介さんが、すぐ隣にいる。いつもよりもぴったりくっついて。それに、こんなに長い時間一緒にいるのだって初めてだから。
「宗介さんは?」
「・・・・・・俺も」
「俺も?」
「・・・言わねえって最初に言ったろ」
言ってほしいなあって思って宗介さんの顔を下から覗きこんだら、視線を逸らされてしまった。それに、宗介さんは突き放すような言い方でなんだかさみしい。
「・・・宗介さんのケチ。昨日はたくさん言ってくれたのに」
「っっ・・・うるせー。お前だって宗介、って呼んでねえだろ」
「う・・・」
宗介さんの言葉に私は何も言えなくなってしまう。だってもう『宗介さん』で慣れちゃってるし、普段から『宗介』って呼ぶなんて恥ずかしすぎる。
「だからおあいこだ」
「う・・・は、はい・・・」
普段から『好き』って言ってくれるようになったら嬉しいなあなんて思ってみたけど、やっぱりそれは無理だったみたい。にやりと笑ってみせる宗介さんに、私は頷くことしかできなかった。
「ここ上ったとこだな、ハルんち」
「はい、そ、そうですね・・・」
電車に乗って少し歩いて、私達は遙先輩の家のすぐ近くまで来ていた。遙先輩の家は、長い石段を上った先にある。今まで何回か水泳部のみんなでお邪魔したことがあって、その時は何も思わなかったけど、今は事情が違う。
(上りきれるかなあ・・・)
石段を見上げてぼんやりと考える。宗介さんが色々気遣ってくれたおかげでだいぶ腰の痛みはひいたけど、階段・・・というか段差はやっぱりきつい。しかもかなりの長さ。
だけどエレベーターとか便利なものがあるわけじゃないし、ここまで来て行かないわけにもいかない。心の中でひとつ深呼吸をする。
「・・・・・・ヒカリ、ほら」
「へ?!宗介さん?」
私が心の中でこっそり気合を入れていると、宗介さんがなぜか私の横でしゃがんでいた。
「おぶってってやるよ。お前、まだ腰つらいんだろ?」
「だ、大丈夫ですよ!もうそこまで痛くないし・・・」
「・・・嘘つくな。お前、家の階段とか駅の段差とかもつらそうにしてたろ?」