第32章 ふたりの、初めて。 その9
「・・・そんじゃ俺、行くわ」
「・・・・・・あ!」
赤くなった頬を隠すように、宗介さんは部屋から出て行こうとした。だけど、私はまた大事なことに気付いて大きな声を出してしまった。
「なんだよ、まだ何かあんのか?」
「・・・あ、あの・・・おはようのキス・・・してほしいな、って・・・」
宗介さんは少し不機嫌そうだし、せっかくご飯を作ってもらうのに引き止めてばかりで悪いかなって思ったけど・・・『おはようのキス』、どうしてもしてほしかった。
だって、『おはようのキス』なんて初めてだし、そうじゃなくってもキスしてほしいし・・・
「・・・はっ!・・・んっとにお前は・・・」
宗介さんは仕方ないなって表情で、私のすぐ側まで来てくれた。いつだってそう。宗介さんはなんだかんだ言いながらも、私のお願いをきいてくれる。
間近で宗介さんのエメラルドグリーンの瞳に見つめられて、それだけで頬が熱くなっていく。そして、そんな私の頬に宗介さんの手が触れる。更に頬に熱が集まって、予想通り宗介さんには笑われちゃったけど、なんだかそれすらもくすぐったくて嬉しくて。私も笑い返すとそっと目を閉じた。
「・・・・・・・・・ん・・・」
少しだけ背伸びをして宗介さんとの距離を縮めて、ちゅっと触れるだけのキス。それだけなのに、宗介さんへの大好きって気持ちが胸の中に溢れてくる。
「・・・ふふふ。毎日こんな風だったらいいのにな」
「っ・・・お前、なあ・・・」
「宗介さん?」
『おはようのキス』が終わって、素直な気持ちを伝えると、宗介さんはなぜか頬を赤くして口ごもってしまった。私の飾らない本心なんだけどなあ、なんて思っていると・・・
「・・・いや、なんでもねえ。やっぱお前・・・ガキだわ」
「きゃああ!ちょ、ちょっと!!」
宗介さんお得意の頭ぐしゃぐしゃをされた上に、ガキとまで言われてしまった。
「・・・ははっ!お前、鏡見てみろよ。面白え頭になってるから。そんじゃな」
「こ、こら!宗介さんがやったんでしょ?!・・・・・・も、もう!・・・山崎宗介のばかぁ!!」
・・・『山崎宗介』なんてフルネームで呼んだの、半年ぶりぐらい。でも仕方がない。だって、部屋を出て行く時に私に向けた宗介さんの顔は、初めて出会った時に私を『いちご』って呼んだいじわるな顔そのものだったんだから。