第2章 はじめての時間
暫くして、私は同じ場所に立っていた。
当然そこにはもう先生はいない。
教室に戻ろうと茂みを抜けると、雑草だらけのグラウンドで触手に絡まれる杉野くんが見えた。その近くに渚くんの姿もあった。三人が話しているのをぼんやりと見るでもなく眺めていたら、急にこちらを振り向いた渚くんが大きく手を振った。
「おーい! はともりさん」
どうして足を止めてしまったんだろう。気に留めずにまっすぐ教室へ帰るべきだった。だけど、どれだけ後悔しても後の祭りだ。先生もその場にいたし、聞こえない振りは出来なかった。
深い息を吐いてから歩き出した。
渚くんが杉野くんと顔を見合わせて小さく微笑んでいた。
グラウンドに降りると、雑草が踝の上辺りを掠めた。
こうしてクラスメイトと対面するのは初めてだった。
先生を見るといつもと同じように口元に弧を浮かべているだけで、何を思っているのか全く読み取れなかった。
「な、なに」
ぎこちなく紡ぎだした言葉は淡白に響いた。
「殺せんせーから聞いたよ。僕のハンカチ、見つけてくれたのは鳩森さんだって」
ハンカチ? ――あぁ、新学期初日の……。
「ずっとお礼言いたかったんだ。ありがとう」
渚くんの澄んだ青の瞳がこちらに優しく向けられる。
目を背けたくなるほど純粋で、どう返せばいいか分からなくなってしまった。
困った時などは不自然に話題を変えて逃げることが、私の癖になっていた。
「それよりも先生、さっき杉野くんに触手絡めてたよね! ずるい私にも絡めて!」
縋るように先生に飛びついた。
これでこの場を先生をが収めてくれる……と思っていたら、想定外の所から声が上がったから驚いた。
「ははは! はともりって意外と面白いんだな。教室じゃずっと無表情だからさ、知らなかったぜ」
腕の力が抜けて、先生からするりと抜け落ちる。
「はい、はともりさんはとても表情豊かですよ。杉野君のことも心配していましたし、優しいですねぇ」
先生はなんだか得意気に言っていた。
けれど、素直に受けることはできなかった。