第2章 はじめての時間
ゆっくりと歩いていたから、靴箱までの途中で何人かに抜かれていった。
「はぁ……」
ため息が誰かと重なった。
向こうも気付いたみたいで、横を向いたら視線がぶつかった。
杉野くんだった。
一応、クラスメイトの顔と名前は把握していたが仲良くするつもりはなかった。
口を開きかけた杉野くんを無視して、私は足早にその場を去った。
木の下で先生とお昼を共にしながら、私は思い返していた。
寺坂くん達が渚くんにさせた暗殺。
真っ黒になって彼らを叱り、私達にも忠告するようにそれぞれの家の表札を瞬時に持ってきた先生。その姿は、今見せている表情からは想像もつかないほど恐ろしかった。
だけど先生はちゃんと先生で、悪いことは悪いとするし、良いところは褒めてくれる。真剣に私達と向き合っているからこそ、先生はあれだけ感情を露わにしたのだろう。
私にも、あんなふうに叱ってくれるだろうか。褒められるとこは無いように思えた。
私は、先生にとって良い生徒でありたかった。
「そういえばね、昨日杉野くんがなんだか深刻そうだった。どうしたんだろうね」
だから、クラスメイトのことを気にかけている素振りをした。
「おや、はともりさんも気付いていましたか。実は先生も気になっていたんです。だから行ってきました」
「行ってきた?」
「昨日先生は何しにニューヨークまで行ったと思いますか?」
「えっと、スポーツ観戦」
「ええ、野球の観戦ついでに選手に絡んできました」
それが一体杉野くんとどう関係するのか分からなかった。
「後で彼の所にいくつもりですが、一緒に来ますか?」
「あ、私は……」
断る言い訳がなかなか出てこなくて言葉に詰まる。
先生は私がどうするか解答を出すまで待ってくれているようだった。
良い生徒ならばきっと一緒に行くと迷わず選択するだろうけど、私はクラスメイトと関わることを避けていた。中学に上がってからずっとそうしてきたように。今更望んでしまったら、次は何を失うのか。
私はまた、逃げることにした。
「食べすぎちゃったかな! 食後の運動に、歩いてくるね」
そそくさとその場を立ち去った。