第1章 プロローグ
今の今まで確かに聞いていた俳優の声。
「夏海、何故そんなところにいる。」
「え、な、なに…?」
スクリーンいっぱいのヴォルデモートと視線がかち合う。途端、ゾクリと身体中に寒気が走った。
「なに…、ちょっと……、冗談やめてよ…。賀藤さん?…山嵜君。……お、尾形さん!」
徐々に恐怖心が溢れだしてくる。
流石にこれだけの声を上げても反応しないコイツらに、僅かばかり苛立ちすら感じてきた始末だ。
ドッキリにしてもしつこい。
「俺様を見ろ」
聞き慣れたセリフ。声。ヴォルデモートのものだと確信したものの、次いで届いたのは聞き間違える筈がない。大好きな声優の声。
「カトー?それがこの男の名前なのかい?」
トム・リドルの日記。その声がすぐ側で響く。バッと顔を向ければ、俯いたまま微動だにしなかった賀藤MGが冷淡にも私を見下ろしていた。
「は、何?…悪ふざけは止めてくださいよ。」
相変わらず左から山嵜君が抱きついているので、口で抗議する他に手はなかった。
「…夏海っ、ごめん。僕が…僕がもっと気付いていれば…、夏海はこんなことにならなかったっ」
今の今まで一言も発しなかった山嵜君から、ハリーの声が響く。なにこれ…、本当どうなってんの……?何で、泣いてんの?
ポタポタと、拘束されたままの左腕に染みが広がっていく。
「え、ねぇ。本当に何なの?どうしたの?」
現状が何1つ理解できない。理解できなさすぎて頭痛がする。
「僕を見てっ」「俺様を見ろ」「僕を見るんだ」
3つの声がシアター内に響く。訳のわからない恐怖心を抱えて山嵜君を見れば、グリーンの瞳が私を真っ直ぐ見詰めていた。額には稲妻の傷痕。
山嵜君の腕から奪い去るように抱き寄せた賀藤さんを見上げれば、整った顔と絡み付くような視線。
「トムっ、止めて!夏海を離して!」
立ち上がることが出来ないのか、額を押さえて声を荒げ始める山嵜君の身体に、ぼんやりとハリーが重なる姿を目にして、あぁ、これは夢だと悟った。
「夏海、君はどうしたい?」
手を引き、階段まで移動した賀藤さんに重なるトムは、切なそうに微笑むと、そのまま私の手をぎゅっと握り締めた。何1つ状況が読めないのだけれど、これが夢ならば。私は迷わず貴方の手をとる。ずっとずっと、救いたかったこの手を。