第23章 (日)瑞穂ノ国 (史実寄)
日本の化身、秋津は、本田菊という名前で呼ばれるのがそれほど好きではない。というか、呼ぶと大変なしかめつらをしてくるので、嫌いな方に分類されると思う。
自分で決めたくせに。
「ねえ、秋津」
「なんです。雑務中なんですから手短にどうぞ」
「本田菊って名前嫌いなの?」
「何故?私が決めたものですのに。本田という苗字から菊という名前まで気に入っておりますよ」
その声は軽快で、少し笑いを含んでいた。
てっきり嫌いなものかと思っていた私は拍子抜けする。これみよがしに嫌な顔をするものだから、聞いちゃいけないことなのかと身構えていたのに。
しかしこれで聞きやすくなったのは事実で、気持ちが萎縮しないうちに私は唇を開いた。
「なら、なんで私達にそう呼ばれることを厭うの?」
秋津の手が止まった。薄く笑っていた唇は強く引き結ばれ、合わされもしていなかった目線が瞬きながらゆっくりこちらを向く。
その一瞬がひどく永くて、私はまるで自分に銃口の照準が合わされるのをただ見ているしかないような緊張感と逃走願望が湧くのを感じながら。
どこまでも黒い眸の内に捕らえられた。
日の本の国を秘めた秋津の視線を直視するのは、あまりにも怖い。
「……あなた、国を動かすのはなんだと思いますか」
唐突な質問返しに頭が追いつかない。頭の中で反芻して少し考えると、慄く心を押さえつけながら眸を真っ直ぐに見つめて答えた。
「…お金?」
「はは、違いありません。確かに金の流動は国の命運を左右してしまう。金が無くなれば国は自ずと弱くもなります」
まずまずの答えだったらしく、少し上機嫌になる秋津。
「しかし、資本やそれらは私にとっての血です。滞ってしまうと身體のあちこちが麻痺してしまいますし、大事なのには違いありませんが、血は私を動かす源にはなれども原動力にはならない。金は自分では動きませんよ」
「うーん……」
「これが答えられないと、国として些かがっかりするんですがね」