第23章 (日)瑞穂ノ国 (史実寄)
「本田さん」
と呼ぶと、彼は必ず渋い顔をした。
「それは私の人としての名前です。私は人である前に国なのですから、日本か、豊葦原か、敷島か、大和か、浦安か、大倭豊秋津とお呼びなさい」
そう言ってたしなめるのだ。
その声は必ずしもきついわけではなかったし上から押さえつけるような圧迫感もなかったが、こちらの反論を奪うくらいには緊張感のある言い方だった。何故だろう、あなたの顔が少し悲しそうなのは。
「日本は別名たくさんあるよね」
そう言うと、彼は意地悪そうに笑った。
「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国、と呼んでくださってもいいのですよ?」
「冗談!そんな長い名前いちいち呼んでられない、それしか駄目って言うなら名前なんか呼ばないもん」
「それは困る。名前はそのものの本質を表す大切な言の葉。私は貴女の国なのですから、きちんと呼んでいただかなければ困ります」
「…それなら、秋津は?」
「略しましたね、小娘。…秋津の由来をご存知ですか?」
「ううん」
「大倭豊秋津島とは、おおやまととよあきつしま、と読みます。日本国の美称です。初代天皇陛下であらせられる神武天皇が、国土を一望してトンボのようだと言ったことが由来とされていますね。豊かな実りという意味ですよ」
「じゃあ、呼び名にぴったり」
「そりゃ筋違いとは言いませんが」
「秋津でいいでしょ?」
「……まあ、いいでしょう」
「じゃあ秋津」
「はい」
「私の国、日本」
「はい」