第26章 (日)焼け石と水
「あと、唇も」
「……っ」
「おや、また頬が赤くなった」
「からかうのはよしてください!」
「本当は口を吸ってやりたいのですが」
「!?」
体が硬直する。秋津の冷たい指先が私の唇をなぞってくる。
心臓まで冷や汗をかいたような心地で私は逃げ場もなく唇を噛んだ。今の言葉、本気なの?
至近距離で覗き込んでくる黒い瞳は全く底が知れなくて、それこそ魂まで捕らわれたように体が動かない。
「しかし、私と口吸いをしたら魂まで盗ってしまいますからね」
「………」
「いくら私でも、国民の生き魂を喰らう腹はありませ、……っ」
かちん、と私の歯が秋津の白い歯とぶつかった。
私のへたくそ。でも唇噛んで出血させるよりいいか。それよりちゃんと唇重なったのか、何か頭の中がカッとなって感覚が吹き飛んだみたいになくなっている。身体が傾いだように感じたがそれどころじゃない。
秋津のコートを引き寄せた私の手はやっぱり冷いままだ。
ああ、やってしまった。気持ちが浮つく中顔を離しぎゅっと閉じていた目をおそるおそる開けると、秋津はとても面食らった顔でぽかんと唇を開けていて、私は迂闊にも笑いそうになってしまった。
しかしさすがにこの状況でここに留まった挙句ぽかん顔の秋津を笑うような屈強な面を私は持ち合わせてなくて、秋津が何かを言いかけ僅かに息を吸ったのを見た瞬間、脱兎のごとく逃げ出した。
後に、ぽつんと残されたまま立ち尽くす秋津。彼は暫く外を眺めていたが、次第に肩を揺らすように笑いだした。
「危ない…全く、危なかった」
まさか彼女がああくるとは思わなかった。紅潮させてやって、その羞恥に染まった顔を見られただけでよかったのに。
重ねた唇、顔を離した彼女の表情。寒がっていたくせに唇はじんと熱くて、名残がまだ残る自分の唇に触れると、それが感じられるようだ。
思い返した時に胸の内でざわつくもの。
低く一言呟いた。
「…喰らってやりたいですね」
この私に挑戦するとはいい度胸をしている。
2013/12/21