第22章 (黒日)とある酔っぱらいの罪状
菊は行儀も悪く足で襖を開け、床に敷かれた布団の上に私を下ろそうとかがみこむ。
私は反射的に菊の首にしがみついていた。思考の回らない頭の中、離れたくないとだけ思い、躊躇いなく白い首筋に顔を埋める。
ぴくりと動きを止めた菊に、やってしまった、と思ったけれどもう手遅れだった。開き直って彼に身体を押し付ける。絶対引き剥がそうとするに決まってる。
菊は「降りなさい」というように私の足をぺちんと叩いたけれど無視した。
「全く……」
ため息。聞こえない。
菊の腕の中は布団よりも温かく心地いいのだ。離れたら寒い。だから離れない、そんな単純思考。
頑として動かない私に、菊は早々と諦めたようだった。浅く息をついて布団の上にあぐらをかき、私を膝に乗せてあやすように抱き締めてくれた。
「飲み会でもあったのですか」
「…うん。男女混合飲み比べデスマッチ」
「道理で……。あまり無理に飲むと死にますよ」
「うー。でも男の子に勝った」
「自慢する事じゃありません」
またぺちんと叩かれて私は黙る。それきり会話は途絶えたけれど、沈黙は心地良いものだった。
菊の心臓の音を右耳に聞き、ゆるやかな静寂に沈んでいく。
酒を飲んだ後のこの状況で、眠くならない方がおかしい。私の瞼は次第に落ちていき、完全に身体の力が抜けて菊にもたれかかった。
「…ちょっと。生殺しにする気ですか貴女。ちゃんと布団で寝てくださいよ」
「や、菊…ぃ…」
「起きないと突飛ばします」
「…ぅ……」
「…据え膳食わぬは男の恥という言葉、知ってますか」
「…………」
「………はあ」
狸寝入りではなく真剣に眠気に勝てなくなっていた。返事をするのが面倒で、何を言われているかも右から左に抜けている。
「…私がどれだけ、貴女の存在と一言一動に振り回されているか、貴女にはわからないんでしょう。私以外の男に貴女の酔った様を見せたとは実に腹立たしい」
苦虫を噛み潰したような声に、私は無意識に唇の端を上げた。
揺れる泡沫の意識の中、それは嫉妬かと尋ねる。
「罪なひとですねえ。この私の気持ちを弄ぶなど…」
その声は艶を含んで私の鼓膜に響き。
菊の指が頬を擦る感覚を最後に、私の意識は完全に落ちた。
2014/