第21章 (黒日)泡沫
「ねえ、こっち見てくださいよ」
「………」
ちら、と視線をやると、思いの外菊の顔が近くにあって怯んだ。
その隙に重なる唇。
「…ん ゃふっ…き、」
「ふふ」
思わず身体の力が抜ける。
濡れた肌。水中で滲む手。水音。入浴剤の匂い。
首筋に息遣い。
低い声が私の鼓膜を浸す。耳鳴りのように。
「…そんな声出して」
「っ、ぁぅ…」
「興奮してるんですか」
「んなっ 誰が…!」
「ほら」
菊の手が、私の鎖骨に触れた。びくっと私の身体が跳ねる。
ゆるゆると下る指先。反射的にその腕を掴み思い切り横に退けた。その途端
「やだっ!」
「…っ」
ばしゃあん、
息を呑む気配に続いて盛大にお湯が跳ね、バランスを崩した菊は湯船の中に落ちてしまった。
私は、しまった、と息を呑む。何とか湯船に手を突いて、頭から突っ込む事態にはならなかったらしい。身体を持ち上げた菊を慌てて支える。
「ご、ごめ…大丈夫?」
「………」
顔を伏せた菊はもう全身水びたしで、髪からはぽたぽたと水滴が垂れ、シャツは透けて肌の色をうっすらと見せていた。
肌に衣服が吸い付き露になった体つき。肌着の境界線、妙に色気を漂わせていて、私は震えた息を吐く。
伸ばした私の腕が、菊の手に力強く掴まれた。
「…いい度胸だ」
低い声に心臓が止まった。
これはやばい。お怒りになっておられる。
僅かに顔を上げた眼光に、縛り上げられて。
もう逃げられない。
「丁度良い、このまま一緒に風呂に入りましょう」
「いや私もう出…」
「私が貴女を綺麗に綺麗に洗ってあげますから安心なさい、どこもかしこも此処もあそこも全部綺麗にねぇ」
「やっ、ごめんなさい許して!」
「貴女も私を綺麗にするのですよ、でないとここから出してやりません」
「助けて…!」
「願い下げです」
悪魔のような美しい微笑みが私を捕らえ、菊はシャツのボタンをひとつ外して。
私の手を押さえて薄い胸板に触れさせた。
2014/