第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
開けた窓から月明かりが部屋に差し込む。
『では、長秀さん、おひとつどうぞ』
「あぁ。」
ささやかな夜風の音が心地よく、盃を覗き込むと満月が映りこんでいた。
「月見酒とは風流だな。」
『素敵ですね。』
ふわりと隣で瀬那が微笑む。
普段は見たことのないその表情に心臓が跳ねた。
逆上せたからと用意してやった氷水を、瀬那は気持ちよさそうにのどに流し込む。
『冷たくておいしい~。氷なんて贅沢ありがとうございます。』
とずいぶんと上機嫌な様子で、ひとりで楽しそうだ。
酌をしてもらえるのは悪くないが、こうして一人だけ酒を飲むのもなんだか少し味気なく思えてきた。
普段食事の席で、瀬那は酒を勧められてもさらりと断ってばかりで、これまで酒を飲んでいるところはみたことがない。酒が飲めないのだろうと思っていたが、そういえばそのようなはっきりとした回答を聞いた記憶もなかったことに気付いた。
俺は、それとなく確かめてみることにした。
ちびりと酒を口に含み、
「それにしてもこの酒はうまい。信長様からの賜りものというだけではなく、香り高くていい。」
そう言ってちらりと瀬那に視線を送ると、興味ありげにこちらを見ていた。
(お。興味はありそうだな。)
もう一口、盃に口を付けてから、
何も言わず、
徐に瀬那の前にその盃をぐいと差し出してやった。
すると、盃と俺の顔とを交互に見て、
『でも、これは信長さんから長秀さんに贈られたもので…』
と、俺を見つめる。
(もうひと押しするか。)
その姿は、好奇心と警戒心の強い子猫のようだ。
「あぁ、そうだな。
この酒は信長さまから俺が頂いたものだ。
その俺があんたに分けることに何か問題でもあるのか?」
すると、警戒心よりも好奇心が勝ったのだろう。
『…それじゃあ、お言葉に甘えてご相伴にあずかります。』
と、瀬那はそっと盃を手に取り、おずおずと口に含んでこくりと飲み込んだ。
『…あ、これ、美味しい。』
予想外に普通の反応に、
「あぁ、やっぱりな。」
とひとりごちる。
「あんた、酒が飲めるんじゃないか。」
というと、瀬那は、はっとしたようにこちらを見やり、
『今のは、見なかったことにしていただけませんか?』
と懇願した。