第3章 【武田軍】刃傷横恋慕帖【高坂昌信/内藤昌豊】
人のことを至極真面目に見つめたかと思えば、ふいっと空を仰いで、
『私にはそんな芸当できないからすごいなぁって思って。』
そういって遠くを見ている横顔は、少し哀しさを孕んでいたようなきがしたけれど、こちらを向いたときはふわりと笑っていた。
可愛らしい。
単純にそう思った。
不意に胸の高鳴りを覚えたことに、動揺した。
ーーまさか、この僕が、こんなことだけでドキドキさせられるなんて、ね。
そんな、心のうちの揺らぎを彼女に悟られないように
「そんなにすごいことじゃあないよ。」
と視線をあわせずに相づちを打った。
『それにしても、あんなに色んな子に好きって言われてるのに、昌信さんには好きな女の子はいないんですか?』
より取りみどりじゃないですか?と半ばからかうように問われて、普段の僕なら適当にはぐらかす類いの質問だというのに、
「うーん。特定の好きな女の子はいないよ。僕の回りの女の子たちは、僕の顔だとか容姿だとかにしか興味がない子たちばかりだし、それにね、僕には、好きって、気持ちがよくわからないんだよね。」
と、僕らしからず本音を溢してしまっていた。
そんなことを言ったら嫌われてしまうかもしれないな。なんて、一瞬頭を過ったけれど、
彼女は、きょとんと、ひどく意外そうな顔をして、そして、
『…珍しく本音が聞けて嬉しいです。そうですね。昌信さんなら、好きって感じられるような、素敵な人と出会えると思いますよ。きっと。』
まぁ、私が言えたことじゃないんですけどね。
そう、彼女は付け加えて、はにかんだ笑顔で僕を魅せた。
ー私が言えたことじゃない。…か。
瀬那ちゃんには、
元の世界に
好きな人がいたのだろうか。
今も
好きな人がいるのだろうか。
女の子に、昔好きだった奴だとか付き合っていた男がいるかなんて事を聞くのは野暮ったいことだと分かっている。
けれど、興味のある女の子に限って、そういう野暮なことを男は想像してしまう生き物だ。
瀬那ちゃんは、男性遍歴なんてそんなものはないと言われれば納得してしまいそうだけれど、純情そうな子ほど酸いも甘いも経験済みだったりもするから、一概には……なあんて邪推に意識を向けていると、
『あっ!昌信さん!』
彼女の呼ぶ声で引き戻された。
