第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
賑やかな夕食を終えて、ゆっくり風呂に浸かろうかと湯殿に向かった。
誰もいない風呂は静かでいい。
と思った瞬間に、
「おっ!長秀じゃねーか!
なぁ、明日鍛錬に付き合ってくれよ!
なんだったらこのあとでも俺はいいぜ!」
と、うっとおしいのが入ってきたため、予定を変更した。
なんだって、酒を呑んだこともあるのだろうが、勝家はいつも以上に風呂でもうるさくて敵わん。
さっさと湯浴みを終えて、外の空気を吸ってから部屋に戻ろうとすると、寝間着姿の瀬那がそこにいた。
(こいつも湯上がりだろうか。髪がまだ濡れている。)
月明かりに照らされた瀬那は、綺麗だった。
うっすらと浴衣の布地に、
身体の線が透けてみえるようで、艶やかだ。
(にしても、無防備すぎるな。)
特に気配も消していないのに、俺が近づいていっても気づく素振りもない。
夜空を仰ぎ、月を観ているのかもしれないが、その視線は虚空を見つめているようだった。
(そんなんじゃ、いつ切り殺されたっておかしくない。)
どれだけ油断しているのか。
何を考えているのだろうか。
元の世界の誰かに想いを馳せているのだろうか。
帰りたいのだろうか。
神牙のことをどう思っている?
俺のことはどう思っている?
何となく、今日の日中の出来事が気になっていた。
いつもの通りに、仕事を終えて縁側の洗濯物がみえる柱の陰で休憩をしていた。
瀬那は気づいていないようだったが、猫と楽しそうに戯れていたかと思ったら、
--甘え上手になりたかった
などという独り言が聞こえた。
瀬那の元いた戦のない世界とやらには興味はないし、その世界で瀬那がどんな日々を過ごしていたかなんて知ったことではないが、ただ、何故か苦しそうに自嘲したため息がひっかかった。
今夜は満月だ。
こいつと部屋で酒を飲みなおすのも悪くない。
そう思った俺は、晩酌に誘うことにした。
瀬那は少し意外そうな表情ではあったが、はにかみつつも二つ返事が返ってきた。
先程までのうんざりとした気持ちがどこかへ吹きとんだようで、代わりに気を抜けば顔が緩んでしまいそうな自分がそこにいた。