第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
今宵は満月。
日中の太陽の光に暖められた空気も、夜の闇を帯びて凪げば、僅かに心地よい涼しさを感じられるようだ。
先日、勝家と城下町に最も近い厄魔の巣を潰す任務を遂行した。そこで、酒宴とまではいかないが、夕食の際に信長様から酒が振る舞われた。
「勝家、長秀。此度の厄魔討伐、大儀であった。」
「「はっ。」」
勝家共々礼をする。
信長様からのお褒めの言葉は素直に嬉しい。
「お二人ともお疲れ様でした。油断はできませんが、城下に厄魔が出現する確率は減ったと考えてよいと思います。」
厄魔討伐の段取りを組んだ光秀が伏せ目がちに労いの言葉を続ける。
「瀬那、この酒を二人の盃に注ぐが良い。」
『はい。信長さん。承知しました。』
そう傅くのは、異世界からやってきた姫神子と同じ力をもつ瀬那だ。
正直なところ、最初は、姫神子と同じ力を持つとはいえ、信長様が臣下として認めても尚、厄介な小娘だと思っていた。
大抵の任務においては全くの足手まといでしかないが、
信長様からの命で鍛錬を付けてやっている。
城内ではよくぱたぱたと足音を立てて、いろいろな者の仕事を手伝っていて、最近では、まぁ、そこそこに頑張っていることを内心認めている。
今日も洗濯と夕餉の支度を手伝っていたようだしな。
『お二人ともお疲れ様です。さ、どうぞ。』
とくとくと俺たちの盃に酒が満たされる。
「おぅ!ありがとうよ!…っん。うまい!
信長様からの褒美の酒が身体に沁みる!
ありがとうございます!信長様っ!ぅぐっ!」
「ったく、うるせぇな。
静かに味わえないのかよ。お前は。
それに食うのか、しゃべるのか、泣くのかどれかにしろ。
全く、うっとおしい。」
でかい声で喋りながら、うれし泣きをしている勝家は相変わらずで、半ばうんざりした。
「おう、瀬那も飲むか?うまいぞ!」
『いえ……勝家さんこそ、もう盃があいてますよ。さっ、どうぞ。』
勝家に酒を勧められたものの、瀬那はやんわりと断る。
同じように光秀や蘭丸にも酒を勧めると、光秀はまだ仕事があるからと断り、蘭丸は光秀が飲まない分も自分が飲むと楽しそうに返して、勝家の分まで飲み干そうとして二人で騒いでいた。
些かの酔いのせいもあり、普段よりも会話の多い、にぎやかな夕餉の時間が過ぎて行った。
